□はじまりのうた
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辿り着いたその地には最早思い出のカケラもなかった。

敬愛する師
厳かな気配
よく眺めた丘
そして

愛しい大切な君


慶雲院
僧たちの読経の声が響き渡る中
玄奘三蔵法師の姿は院の書庫にあった。
金糸の髪
紫紺の双眸
際立つ美貌を気にも止めず、それどころか眉間に皺を寄せたまま書簡を睨みつけるように読み進める様は鬼気迫るものさえ感じて。
(真生ーーーーーー)
愛しい幼馴染
金山寺が妖怪に襲われ師・光明三蔵法師の経文が奪われた。
そして彼女の身を按じて訪ねた地には『何もなかった』のだ。
(何処に…)
奪われた経文も
幼馴染も
(必ず取り戻す)
「失礼致します」
書庫に現れたのは幼い稚児
「三蔵法師様、そろそろ執務室へお戻り下さい」
「…分かった」
「毎日、何を探していらっしゃるのですか?」
「…何かを探しているように見えるか?」
「はい」
まだ幼い無邪気な稚児に見透かされ、自嘲的な笑みが浮かぶ。
それほどまでにーーーーー
「人を探している」
「人、ですか?」
いつになくまともに返された三蔵の言葉を反芻して稚児は大きな瞳を瞬かせ、首を傾げた。
その仕草は容易に幼い日の少女に重なって
「女を…な」
「愛しい方ですか?」
「…幼馴染だ」
「三蔵法師様とお親しい方とあれば、院や寺に属する方なのですか?」
「どうだろうな。もし生きていればそのような事も…」
言いかけて三蔵の形の良い唇はふっと止まる。
(…なぜ)
自分はこのように稚児を前にしてスルスルと言葉が滑り落ちるのか。
まるで彼に情報を与えるように

(『何か』に導かれるようにーーーー)
「おい、小僧」
「はい」
「お前は何を知っている」
「三蔵法師様のお探しの方かは分かりませんが…」
ゆっくりと扉に近づいた稚児は真っ直ぐな真摯な視線と共に振り返った。
「お一人ございます」


『亡き待覚大僧正様が院を訪ねて来られた方を離れに住まわせておいでです』
『その方はさる徳の高い御仁の娘様でいらっしゃるとか』
『一度お見かけ致しましたが、大きな牡丹のようにお美しい方でした』


ただ、お会いになられますでしょうか


そのお姿はーーーーーーー


「ーーーーーー」
「…真生」


変わらない。
肩までの柔らかい鳶色の髪
大きな麗しい瞳


「江…流なの…?」


1つ変わった事、それはーーーーー


彼女の纏うのはあの頃のような桜色の衣ではなく
髪に飾るものは花でもない


白い法衣
金冠
肩にはーーーーーーー称号の証


『かの方は三蔵法師様と同じお姿でした』
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