進撃

□邂逅
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「好きな奴と付き合うことになった。相手は、男だ。隠したくない。事務所的に、まずいというなら引退する」
 突然のリヴァイの宣言に、同い年の若いマネージャーは動揺した。彼は稼ぎ頭の一人で、まだ三十手前の若さ。それに引退させるには、惜しい逸材なのだ。
「えええと、待ってくれ。引退とか、すぐには困る。今、引き受けている仕事もあるし、CM契約だって残っている。公表も引退も、そちらへ迷惑が掛かってしまうだろう。もし損害が生じた場合、理由が今回の場合だと、リヴァイに被って貰うことになってしまうと思うよ」
 黙って聞いていたリヴァイの眉が、ぴくりとよる。
「でも、それは僕個人としても嫌だし、事務所だって本位じゃないはずだ」
「だがじゃあ、どうすればいい。別れろというなら、例え損害賠償請求されたって、俺は辞める」
「だから、早まらないで。そうだな、時間をくれないか。まずスポンサー企業に話を通す。撮影済みのも含めて、ドラマや映画の関係者にも説明して、できるだけ承認して貰うから。もしかすると、幾つかはダメになるかもしれない。特に、撮影前のものに関しては降板になるかも。そこは、覚悟しておいてくれよ」
「勿論だ。面倒掛けるが、よろしく頼む」
 リヴァイは、深々と頭を下げた直接頭を下げに行くのは、おそらくこの男、マネージャーだ。
「やめてよ、それが仕事で給料貰ってるんだから」
 リヴァイを和ませようとしたのか、普段は言わない冗談を口にする。言い慣れていないだけに、あまり上手ではない。
 でもつい、笑ってしまう。そのお陰か、場の空気が少し軽くなった気がした。
「それでだけど、一度、君のその恋人に会わせてくれないか」
そう言った途端、リヴァイの顔に、不安が過ったのを、もう五年以上の付き合いになるマネージャーは、見逃さなかった。
「勿論、君も一緒にね。大丈夫だよ。君の恋人さんの人柄を見てみたいだけだし、これからの事も説明して、協力をお願いしないとね」
「説明」
 リヴァイは、不思議そうに首を炊げる。
「君とのこと、恋人さんにも、まだ暫くは、隠して貰わないとならないだろ。君が選んだ相手なら大丈夫だと思うけれど、万が一にも話されたら、計画がおじゃんだ。そういう意味で、不自由を掛けることになるから、そのお願いだよ」
 リヴァイは、少し迷うように考えて、やがて頷いた。
「分かった」
「ところで、君の恋人さん、名前はなんていうんだい」
「・・・エレン」
 初めての恋バナに、照れくささのあまり目を逸らしていたリヴァイは、気が付かなかった。
 マネージャーが、目を見開いて、驚いた事に。
 数日後に、エレンとマネージャーを合わせるセッティングをした。と言っても、ニートな恋人エレンは、大体いつも自宅にいる。
 秘密の相談をするのだから、セキュリティも万全な、事務所に来て貰う提案をマネージャーはした。けれど、頑として反対したリヴァイだった。
 何故なら、小奇麗にしたエレンのビジュアルは、下手な芸能人より上だと、リヴァイは思っているからだ。そんな彼を事務所に呼んだら、絶対に目を付けられる。特に社長になんて会ってしまったら、今日の今日にも、デビューを決めてしまいそうだ。
 冗談じゃない。そんなことになってしまったら、それこそ別れさせられてしまう。
 かといって、リヴァイの自宅だと、マスコミに何か分からないまでも、嗅ぎつけられ兼ねない。
 というわけで、セキュリティもかなり厳しいらしい、エレンのマンションを、相談の場に提供して貰うことになった。
 マネージャーは、かなり恐縮していたけれど。
 エレンのマンションは、エントランスを入ったところに、コンシェルジュがいる。住人が予め連絡した人物でないと、そこから先へは立ち入れない。例え住人の家族であっても。
 当日は、マネージャーと二人、タクシーでエレンのマンションへ向かった。
 二十分も掛からずそこへ降り立つと、マネージャーが、ぽかんと口を開けてそれを見上げた。普段がきちんとしているだけに、かなりの間抜け面だ。
 笑いを堪えて横目に見て、エレンに電話をかける。
『リヴァイさん』
 ワンコールで出た。待ち構えていたのかもしれない。
「着いたぞ」
『下には連絡してあるから、名前言ってくれたら大丈夫』
「分かった」
 エントランスの入口を解除して貰い、ロビーにあるフロントへ向かう。
「こんにちは」
 挨拶をすると、目が合った年配のコンシェルジュが、にこりと微笑んだ。
「こんにちは、アッカーマン様。連絡、受けていますよ。お連れ様がお一人で、二名様ですね」
 そう確認しながら、手元の端末に情報として記録しているようだ。
 顔を合わせるのは、まだ三度目くらいなのに、きちんと覚えてくれていることに、リヴァイは小さく感動する。
「パスをどうぞ。エレベーターの操作は、分かりますか」
「はい、大丈夫だと思います」
 渡された、カード型のパスを受け取りながら、答える。
「失礼しました。では、エレベーターへどうぞ」
「有難うございます」
 死角がない広いホールには、エレベーターが三基、等間隔で並んでいる。これ以外にも住人専用地下駐車から、直通も一基ある。
 エレベーターには基本、一組づつしか乗らない。渡されたパスをリーダーに翳すと、扉が開く。このパスが無いと、エレベーターは開かない。それから中にあるタッチパネルで、部屋番号を打ち込むと、その階へ移動してくれる仕組みだ。
 不審者が入り込む可能性は、低い。住人が、積極的に連れ込むのでなければ。
 最上階を独占しているエレンの部屋は、エレベーター直通だ。最上階だけは、他人と会ってしまうリスクが、ほぼない。
 エレベーターを降りた途端に、待ち構えていたエレンに、リヴァイは力いっぱい抱き締められた。
「降りてからにしないと、挟まるよ」
 苦笑するマネージャーは、ちゃんと「開く」のボタンを押してくれている。
 その声で、漸く視線を向けたエレンは、その男の顔を見て驚愕する
「お前・・・」
 それ以上何かをエレンが言う前に、その男は早口で割り込んだ。
「初めまして。リヴァイのマネージャーをしている、マルコと言います」
「は・・・じめまして、エレン・イェーガーです」
 この日、リヴァイと、エレン、二人の関係を公表するのは、半年後と決める。そこで、CMの契約が切れるからだ。更新するかは、企業が決めることなので、それまでに話だけは、通しておくことになる。
「エレンさんにも、申し訳ないけど、それまでは色々慎んで下さいね」
 リヴァイの顔が、みるみる赤くなる。先日、初めて抱き合った後のリヴァイの身体は、それはもう何があったか、誰が見ても分かる、という有様だった。
 直後に、出演しているドラマの番宣のために、バラエティの収録が数本あって、元々予定していた衣装ではなく、急遽手配した首が詰まった服やスカーフで、首回りを隠して出るはめになった。
 それは、元々露出の少ない衣装を着る事が多かったお陰で、あまり違和感を持たれなかったばかりか、男女問わず若者を中心に、スカーフが再熱し始めた。という予想外の効果のせいで、ファッション雑誌からのオファー殺到という、リヴァイ的には、想定外の恩恵を受ける結果になった。
 けれどマネージャー――マルコ的には、喜んでばかりはいられなかった。衣装を用意したスタイリストや、貸し出して貰うはずだったショップなど、少なからず迷惑を掛けたのだ。
 こっ酷く叱らることになったリヴァイは、自身の軽率さと非を認め、彼の怒りが収まるまで、小さな体をますます小さく縮めていた。
 その時に思った。普段温厚な人間を、怒らせてはいけないと。
「悪い」
 そう言って徐に携帯を取り出したリヴァイは、電話が入ったからと席を外す。リビングから玄関へ続く廊下へ出ていくと、向こうの声は完全に聞こえない。ということは、こちらの声も聞こえない。
 この隙に、エレンは声を潜めてきりだす。
「マルコ。お前、記憶あるよな」
「うん、エレンもあるよね。ていうか君こそ、あのエレンなのかい」
 マルコも、ひそひそと返した。
「あのって、なんだよ」
「うん、いや。僕が知ってたエレンは、もっと子供だったから、今の君の見た目となかなか繋がらなくて」
「ああ」
 なるほどと、エレンは頷いた。
「ていうか、どうしてリヴァイさんの、マネージャーなんかやってるんだよ」
 マルコは、ポリポリと頬を人差し指でかいた。
「たまたまなんだけどね。事務所の社長が、父なんだ」
「リヴァイさんは、知らないのか。その、お前の昔の事」
「知らないよ。そもそも前世では面識なかったし、このまま伝えるつもりも無いよ」
「まだ会えてなかったか」
「うん、残念ながら」
 そう言って肩を竦めたマルコに、エレンは切なさを覚えた。今よりも幼い、あの頃の面影が浮かぶ。
 エレンは、彼の最期を知らない。知りたい気もするけれど、さすがにそれを訊けるほどには、無神経ではない。
「そうか」
「でも、驚いたよ。リヴァイさんは子役時代からうちの事務所だったから、ずっと知ってたけど、あのリヴァイ兵長だとは気づかなくて。ずいぶん後になって、あれって思ったんだ。なんか、似てるなって。確信したのは、わりと最近だよ」
 それに、とマルコは続ける。
「恋人ができたって、告白されたのも初めてだったから驚いたけど、名前聞いて二度驚いた。エレンって、昔も今も、君しか知らないから、偶然にしては凄いなって。そうしたら、本人なんだもん」
「ははは。実は、前世でも付き合ってた」
「ええ、そうなの」
 声を上げそうになったマルコは、慌てて口を手で押さえる。
「そんなに、驚くことか?」
「だって、相手はあの兵士長だよ。さすが、死に急ぎやろうの名前は伊達じゃないね」
 ガタンと音がして、リヴァイが戻ってくる気配に、マルコは、その先を止めてしまった。
「席を外して、すまなかった」
 戻って来た途端に、リヴァイは申し訳なさそうに頭を下げる。
「大丈夫ですよ、リヴァイさん。その間に、結構仲良くなれましたよ、俺達」
 エレンが、そう言って目配せすると、苦笑するマルコが肯定する。
「ええ、エレンさんの為人が分かって、僕も安心できたよ」
「・・・そうか」
 返事をしたリヴァイの目が、据わる。明らかに、機嫌が悪くなった気配がした。
 困惑するエレンとは違い、何かを察したマルコは、
「決めることも決まったし、僕は先に帰るよ。いつまでも恋人達の逢瀬を邪魔するほど、無粋じゃないし」
 ね、とウィンクを残して、マルコはさっさと帰り支度をする。
「じゃあ、エレンさん、リヴァイの事、どうかよろしくお願いします」
 マルコは、深々と頭を下げる。
「ええ、分かっています」
「失礼します」
 そう言って、マルコは玄関から出て行った。
 

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