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□「あの夏の…」
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その夏休みは、忘れられないものになった。池沢佳主馬13歳にとっては。
それは、OZが大変なことになり、親族総出でラブマシーンに立ち向かい、それに打ち勝ったことではない。
運命の出会いを果たしたことだ。
その運命の相手の名前は、小磯健二17歳。最初は頼りなさそうで、全然興味なかった。でもあんまりに頼りなさそうで、何だかんだでほっとけなくて。
それに、あの人の隣は居心地がよかった。
曾祖母、栄の葬式で、夏希が健二にキスしようとした時、頭が考えるより先に、心が体を動かした。
あの人を、誰かに渡すのは嫌だ。
「そのキス、待ったあ!」
普段はしないような猛ダッシュで、佳主馬は夏希と健二の間に割って走り込むと、健二の腰に抱き着いた。
「か…佳主馬君?」
健二の戸惑う声が、頭上から降ってくる。
「ちょっとぉ、いいトコなのに何邪魔してんのよ」
そう抗議したのは、直美だ。そして、抱き着いた佳主馬の体を引き離そうとする。
「う、うるさい。健二さんが欲しいのは、夏希姉だけじゃない、僕だって」
「「「はああ?」」」
何人かの似たような声が重なる。親族だけに、声も反応もそっくりだ。
「あんた、自分がなに言ってるのかわかってんの?」
問うのは理香。母の聖美は、遠くの方でポカンとしている。
「わかってる。今は夏希姉のほうが有利だけど、僕だってそのうち健二さんより背だって高くなる。そうしたら夏希姉には負けない!」
下から精一杯睨み上げる佳主馬を、当の夏希は唖然と見下ろした。
「お前、ホモだったのか?」
苦笑いを浮かべて問うのは、理一。その後ろで侘助が、意外な成り行きにニヤニヤと、嫌な笑いを浮かべていた。
「違う」
佳主馬が簡潔に答えると、その矛先は健二に向く。
「君は?」
「ち、違います」
焦ったように、健二が答えた。健二には、まだ状況が飲み込めない。自分の腰に、ヒシッと抱き着く佳主馬の脳天を、呆然と見詰めるばかりだ。
「こう言っているが」
理一が苦笑を深くする。
「関係ない。今は無理でも、絶対に好きにさせる」
佳主馬の抱き着く力が強くなって、ちょっと苦しい。それとも、苦しいのは胸だろうか。とても子供の言葉とは思えないそれに、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「あ、けんじのやつ赤くなってるー」
「るー」
子供達が囃し立てて、ますます顔は熱いし、居たたまれないしで。
「だから悪いけど、健二さん、夏希姉とはまだキスしないでよ」
下から見上げると、健二は酷く戸惑ったような困った顔で苦笑していた。
あれから10年の月日が流れて、何度目かのクリスマスがきた。大学を出て、社会人になった健二に早く追いつきたくて、佳主馬は高校を出てすぐに就職してしまった。
あの夏から、佳主馬の気持ちは変わらない。それが恋であると健二に判らせるまでに数年、佳主馬の背が健二を抜くまでには更に数年、そうして気持ちを受け入れてくれるまでに、そこから数年。ずいぶん粘って、根気よく待ったと思う。
それでもこの年、二人きりの三度目のクリスマスを迎えることができた。
外で待ち合わせようと言ったのは、佳主馬の方で。佳主馬が待ち合わせ時間より早く来るのはいつものこと。健二は大抵ピッタリか、少し遅れてくる。
腕の時計を確認すると、そろそろだ。