NO.6
□アニメ #10
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怖い、怖い、怖い。
ネズミに抱き込まれ、そのマントにくるまれたのと、ほぼ同時に床が傾いた。
一緒にいた沢山の人々と一緒に、僕達は奈落の底へと落ちていく。
人々の悲鳴と叫び、恐ろしくて耳を塞ぎたかったけれど、両手はネズミにしっかりしがみついたまま。もし離してしまったら、このまま二度と会えないのではないかという、恐怖。
より一層しがみつくと、ネズミの腕の力も更に強くなった。
匂いが、その懐に顔を埋めているから、ネズミの匂いを強く意識させてくれる。それと温もりも。
先の判らない恐怖から逃れたい。その一心で僕は、ただただそれに縋る。
どれだけ落ちたのか、弾力のある何かの上に落ちる。生温かくて、臭い。そして無数の呻き声。考えるまでもなく、それらは人でしかない。自分が下敷きにしているものの感触だとか、想像するのも恐ろしい。
人の山を踏み締めて、必死に這い上がった先、奈落から外へ踏み出す前で僕達は、息を調えるために立ち止まった。
さっきまではただただ必死で、夢中で、忘れていた恐怖が蘇る。勝手に身体(からだ)が、ガタガタと震え出す。それが止められない。
目の前には、まるでゴミみたいに無数に積み重なった人の山。苦悶の声だけに満たされた、奈落の底。
「しっかりしろ、紫苑」
「こわ…い」
「大丈夫だ、俺がいる。あんたは一人じゃない、一緒だから」
ネズミの落ち着いた声が、耳の近いところから吹き込まれるように響いた。それでも怖いと繰り返す。
「すまない」
沈痛に落とされた声が、耳のずっと奥の鼓膜を震わせる。
顔を上げると心配げな、たぶん悔いているような、何かを耐えて苦しそうに歪めた表情のネズミと目があった。
「必ず、連れ帰る。あんたも、沙布も」
「さ…ふ…」
そうだ、沙布。自分が何の為にここへ来たのか――。この瞬間まで、胸を染(し)めていたのは恐怖と、ただネズミのこと。彼と離れたくない、離れるのが恐い。
こんなところから、本当に無事に帰れるのだろうか。もしもネズミを失うことなんてあったら、今までみたいに平気で生きていけるだろうか。
一度ならず知った、あの温もりを失ったら、そんな漠然とした恐怖――。
「顔色が悪いな」
そう言ってネズミは僕の顔を覗き込んで、頬に触れる。ネズミの指先も、冷たい。普通そうにしているけれど、ネズミも緊張しているんだ。
「だが、のんびりしてる時間はない。先へ進まないと――。大丈夫だな、紫苑」
僕は、ネズミの服をギュッと握り締めると頷いた。
「大丈夫、行こう」
ネズミも、何かを決意するように頷くと、僕の頭をひとなでして背を向けた。そして僕の左手に、手探りで触れる。触れたネズミの右手としっかり繋いで、僕らは歩きだした。
ネズミの背を見詰めながら、僕は誓う。ネズミが僕を守るなら、僕がネズミを守ろう。何の役にも立たないかもしれないけれど。
そして必ず、一緒に地上へ帰るのだ。
[完] 2011/09/22 20:40
改稿 2012/03/21
アニメ10話は、なんか紫苑が男らしくてビックリしたのでした。ネズミに守られるボケボケな紫苑が好き。なので、ちょっと夢みて改変してみました。