NO.6
□アニメ ♯4
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なんて無防備なんだ。判ってはいたけれど、通りすがりの商売女に、簡単に唇を奪われた紫苑を目にし、俺は腸(はらわた)が煮えくりかえる思いを味わった。
だが、そういう感情の起伏を、表面上隠すのは得意だ。
「悪いけど、返してくれないか。そいつは俺のなんだ」
俺は精一杯に、余裕ぶって見せた。勝手に奪ったキスのくせに、料金を請求する図々しい女の唇に、料金代わりに同じものを返してやる。たぶん、紫苑がされたやつよりも、濃厚に。
横目に、目を丸くする紫苑が見えて愉快だった。
「ネズミって、いつもあんなことしてるのか?」
トボトボと俺の後をついて歩く紫苑は、暫くぶりに沈黙を破った。その台詞から察するに、さっきのキスのことを、ずっと考えていたのだろう。
「まさか。俺は、あんたみたいにボーッと歩いてはいない。だから、あんな不意打ちをくらうこともない。従って、料金代わりにキスをする羽目に陥ることもないな」
「………」
肩越しに振り返ると、紫苑は拗ねたみたいに、フイッと顔を逸らした。そして、ポツリと溢す。
「これからは気をつけるよ。ネズミに、あんなことさせたくないし、されるのも嫌だ」
まるで、子供みたいな言い方だった。俺は、呆れ返る。
「たかがキスだろう。いくら嫌だってあんたが言おうが、あんなことにいちいち引っ掛かるやつがいるんだ」
ここにな。と、俺は紫苑の鼻先を指差した。
「金なんか払うよりキス一つで済むなら、無駄にもならない」
「だったら今度は僕がする。そのほうが、ずっとマシだ」
その言いぐさに苛立ち、俺は声を荒げた。
「ああ!? なにがマシだ。あんたは絶対にするなよ」
「どうしてだよ! 君はよくて僕はダメなんて、そんなのおかしい、不公平だ」
「どこが不公平だ。あんたじゃ、ロクにかわすこともできない。よけい面倒になりそうなんだよ。だからに絶対にダメだ、許さない」
「だから、どうして!? 理由を言えよ」
――理由? 今、言っただろう。そう言いたかったはずなのに、口から出た言葉は別のことだった。
「俺が嫌なんだ。いいから言うことをきけ!」
ぽかんとした紫苑の間抜け面を見て「しまった」と思っても、後の祭りだ。一度出てしまった言葉は、引っ込めようがない。
俺は、逃げるように踵を返して先に歩き出す。そんな俺の背に向かって、小さくぼやきが呟かれた。
「…ネズミ、わがまま」
[完] 2011/09/19 03:55