□一番になる努力。<ボカロ TYPE.A>
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「今日は新作が出来たから、お披露目するぞー。」
 バーンと扉を開けざまのマスターの嬉々とした声に、みんな振り返る。
「わーい! みんなでお披露目って久しぶりだから嬉しぃ〜っ」
 ミクが顔を輝かせ大喜びするのを見て、オレはやれやれと肩を竦める。
 
 都会のとあるマンションの一室。
 ここにはマスターと、オレ達ボーカロイド五人が住んでいる。
 それぞれ個性が異なるので、歌がかぶる事はない。
 だから、なんだかんだで兄弟姉妹仲良くやれていると思う。
 それでも最近、オレ、レンはもやもやと思うところがあった。

「じゃー始めに、メイコ。お前からなー」
 マスターはメイコを手招くと、細いプラグをブラブラ左右に振る。
「・・・・。」
 メイコは黙ったまま立ち上がると、マスターへ近寄って行く。
「あ! お姉ちゃん、あたしがやってあげるー」
 ミクがはいは〜い! と手をあげながらメイコにテテテッと走り寄ると、マスターからプラグを嬉しそうに受け取る。
(ホント、ミク姉はお姉ちゃんが好きだよなー)
 今更だけど、あからさまな親愛に感心する。
俺たちはコレでマスターの作った『歌』を記憶する。
 背中側の首筋の、少し下。
 そこに挿し込み口があって、PCからデータを移すのだ。
 マスターが鼻歌交じりにPCのキーを押すと、メイコに情報が送られる。
 それを目を伏せながら受け取り、メイコは微かに目を見開く。
「・・・バラード?」
「そう。あんまり作ってあげた事無いから〜。どう?」
「―――悪くないわ」
 ニコニコしながら聞いてくるマスターの視線から目を逸らすと、メイコは肩を竦める。
「そう? じゃー、歌ってくれるー?」
「―――――――――」
 マスターに促され、メイコは息を吸い込む。

 綺麗で切ないメロディに、みんなつかの間聴き入る。
 大人の女の、高すぎない声だから歌える『歌』だ。
 オレは聞き惚れると同時に、チクショーとも思う。
 大人になる前の『子供らしさ』を残した自分の声が、けして嫌なわけではないが。こういうのを聴かされると成長する事のないボーカロイドの身体が恨めしく感じてしまう。
(もっといろいろな声が出ればいいのに)
 でも。
 そうなるとオレが『オレ』でなくなるのも事実で。
(言ってもしょうがないことは考えないに限る)
 オレは気持ちを切り替えると、わーっと拍手する皆と一緒に賛辞を込め、拍手を送る。
「じゃー次は。ミク、リン、レン、おいで〜」
「えー? 三人で??」
 首をかしげながらリンはきょとんとする。
「そうだよ。最近可愛い子に需要が多いからなぁ(笑) みんなで歌って踊れるヤツを作ったんだ〜」
 マスターはみんな好きだねぇ、と笑いながら三人を手招く。
 オレはリンに引っ張られるままマスターへ近づく。
「はい、レン。後ろ向いてー」
 リンはニコニコしながらオレの身体をひっくり返すと、襟元を引っ張りプラグを差し込む。
「じゃ、次はリンな。ほら、後ろ向いて」
 オレとリンは双子だから、基本何をするにも一緒だ。
 二人で一人のオレ達は、お互いが常に一番だ。
 だからこんな時も、誰も『やってあげる』なんて親切はしてこない。
「あたしのはお姉ちゃん、やってー」
「解ってるわよ。ほら、じっとしてて」
「はーい」
 ミクは躊躇うことなくメイコを名指しする。
 これもいつものことだ。
「じゃ、いくぞー」
 マスターの声と同時に情報が流れ込んでくる。
(あー・・・。キラキラした歌だ)
 オレはミク用に作られたとわかるキラキラした歌と振り付けに、需要をなんとなく知る。
(ミク姉はもうカリスマ的なアイドルだからなぁ)
 男が大喜びするはずだ。
 少し遠い目をしていた俺に、ミクはそれじゃっ、と意気込むと、大きく上に人差し指を振り上げる。
「いくよ〜っ☆」
 
 キラキラポップで可愛い歌と振り付けに、みんな手拍子をくれる。
 ・・・といっても見ているのは大人組みのメイコとカイト、マスターの三人だから、もう『萌え』っていうより子供のお遊戯会を見ている視線に近い、気がする。
 なんとなくカイトにニコニコしながら見られると、屈辱的な羞恥心を感じてしまいながら、オレはラストまで歌いきった。
 
ほーっとみんなで『やりきった』という息を吐き出すと、三人は大きな拍手をくれる。
「やっぱ、可愛い子は華があっていいな〜。うん、癒される癒される」
 マスターは笑いながら頷くと、じゃ、ラストはカイトねーとカイトを手招く。
「・・・もう、これで終わりでいいんじゃないですか? マスター」
 途端に微妙な表情を浮かべ、カイトが『行きたくありません』というような重い足取りでトボトボ マスターへ向かっていく。
「何言ってる。何事にも『オチ』は必要だろうが」
「・・・・・オチ。やっぱり『ネタ歌』なんですね・・・」
 がっくり肩を落とすカイトに「当然だろ」というと、マスターはヒヒヒッと笑いを浮かべ、渋るカイトの腕を引っ張る。
「ほら、後ろ向け。俺がさみしいお前に有難くもプラグを挿し込んでやる」
「・・・・・ありがとうございます」 
 諦めたようにカイトはため息を付くと、大人しく下を向く。
 「いい子」といいながらマスターはカイトのマフラーを引き下げると、強引にプラグを挿し込む。
「っ」
 この瞬間。いつもカイトは一瞬微かに眉を顰める。
 前にオレはどうしてか聞いた事がある。

「なんか、一瞬ピリッと電気が走るような気がするんだよね」

 そう言って笑っていたけれど。 
(要はマスターの扱いが雑で、挿し込む度に接触不良が起こるってことじゃねーの?)
 電気なんか流れたことの無いオレは、その時カイトを『カワイソーなヤツ』と思ったのだ。
 ミクにはメイコ。オレにはリンがいる。
 でも、カイトには誰もいない。
 だから、マスターがいつも面倒を見てやっているのだ。
(ホント、カワイソーなヤツ)
 オレは内心呆れて、目を伏せたまま情報を受け取るカイトの顔からさりげなく視線を外す。
 最近、カイトを見てると、イライラもやもやするのだ。
 特に、こんなふうにマスターと一緒にいるときにイライラする。
 理由はわからない。でも、カイトが『使えないヤツ』だからイライラするんだと自分では思っている。
 五人の中で、ダントツ稼げないのがカイトだからだ。
だからきっと。
迷惑かけんじゃねー! と、こっちを振り向かせたくなるのだ。
 
 円滑な毎日をこれからも送るためには、見ないに限る。
 これが今のオレのスタンスだ。 
 じっと横でキラキラした目で「なんの歌だろうねー」と笑うリンに視線を向けるが、裏腹にオレの耳はカイトとマスターの声を追ってしまう。
「なんでまた・・・。食べたいなら買ってきますよ」
「なに言ってるんだ。『真夏に食べるとイイ』っていうのは、真夏だからこそ美味しく味わえるってモノだろー」
「今だってまだ九月初旬ですけどね・・・」
 諦めたようにため息を付くカイトに、マスターはヒヒッと笑うと、「いつでもドーゾ」と前に押しやる。
 カイトは雑念を払うように大きく一つ深呼吸をすると、心を込めて歌うように真摯な表情をする。
 そしてささやく。

『真夏に白タイヤキ(冷)を食べ損ねた歌。』


 相変わらずのネタ歌に、みんな爆笑する。
 その上カイトが真面目にソレを歌うものだから、尚更笑いが誘われた。
「・・・ッ・・・ッ!」
 終わる頃には皆息も絶え絶えで。一人カイトだけが涼しげな顔で微かに微笑む。
「―――――」
 こんな『ネタ歌』歌わされているくせに、いつも最後に微笑むのは理解に苦しむ。
 それでも惚けたようにカイトを見つめてしまうみんなに、マスターは手を叩いて感心を自分に向けると、じゃ、今夜はこれでおしまいーと言う。
「来週の月、木、金にメイコ、火、水、金に三人の今の『歌』で仕事あるからー。覚えておくように」
「はーい」
「ちなみにカイトは来週『も』おるしゅばん〜。オK?」
「・・・うぅ」
 呻くカイトに爆笑すると、マスターはおやすみ〜と後ろ手で手をヒラヒラ振り、寝室に引っ込む。
(また来週も兄ちゃん、仕事ナシか)
 ホント、ダメダメだな、と呆れたように考えるが、逆にマスターに対して、もっとイイ曲作ってやれよッ!! という憤りも感じてしまう。
「・・・・・」
 一体、自分のこの感情はなんなのか。
 益々混迷を極めてきた気がして。
オレは頼りになるメイコを無意識に視線で探し、見つめてしまう。
「なに? どうしたの」
「・・・えっ。や、別に・・・なんでも・・・」
 メイコの強い視線で見つめられ、オレはしどろもどろに答える。
 そんなオレに何を思ったのか。
 メイコはミクとリンにお風呂に入ってらっしゃいと言うと、振り向きざまカイトに「タバコ1カートン」と手を振る。
「マスター、まだこれから仕事するみたいだから。買ったら持っていって頂戴」
「え・・・今?」
「なに、あなた、夜中に女性に出歩かせる気?」
「いや・・・ッ・・・―――って、きまーす」
 焦ったように首をブンブン振るカイトにメイコはお金を渡すと、おつりでアイス買ってもいいわよ、と気のない風に付け足す。
「!」
 カイトは目を見開き、ふわっとはにかむと、いってきますと嬉しそうに部屋を出て行く。
「・・・・・」
 なんか、流石だ・・・。
 オレは年上の貫禄を見せ付けられ、ほとほと感心したのだが。
「で?」
 と話を振られ、今更ながらに慌てる。
「え・・・と。なんていうか・・・大した用でも、ない、ンだけど・・・」
 もごもご話すオレに、メイコは根気良く待つ。
「なんでマスターは・・・兄ちゃんに『ネタ歌』ばっか、歌わせるんだろうな、とか思って・・・」
「―――――マスターの言う、『需要』じゃ、納得できない?」
 不思議な無表情で、メイコが問うて来る。
「そりゃ、ミク姉がカリスマなのは間違いないし、男にはない『可愛らしさ』を表現するにはオレ達がうってつけで、兄ちゃんは主に『自分表現』の『ネタ歌』に使われるのは理解できるよ。でも・・・ッ」
 オレは唇を噛み締める。
「『気持ち』が納得、できないのね」
「―――――うん。」
 オレがぎゅっと手のひらを握り締めると。ふいにメイコがふっと息を吐き出す。
「そうね・・・。マスターは『ズルい大人』だから」
 自嘲の混じった、微かな笑み。
 ・・・なんで、そんな顔をするんだろう。
 だって。
「確かに、オレ達をヒイキして兄ちゃんにはしてないけど・・・」
「そう? ―――あなたは聡い子だから。きっと直ぐ気付くと思うわ」
メイコはふふっと笑うと、オレの頭を撫でる。
(姉ちゃんには、この『答え』が出てるんだ)
 漠然とだが、気付いた。
 頭を撫でる優しい感触にオレを気遣う気持ちを感じ取り、今までのイライラが不安へと移行するのを、オレは必死で押しつぶした。
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