□兄としての距離、弟としての距離。<ボカロ TYPE,B>
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『マスターに今から届けて欲しいの』

 メイコに頼まれた、一つの茶封筒。

 マスターは、今からこれが入用らしい。

 マスターの会社は、ここから電車三駅ほどの距離。

 カイトは快諾すると、ゆったりとマンションを抜ける。

 と。

「兄ちゃん、俺も行っていい?」
 
「レン・・・」

 そこには、小さな鞄を背負ったレンが、何気ない顔で立っている。

「図書館に行くんだ」

 だから、いい?

 問うてはくるが、もはや決定事項のような顔で、カイトを無視して先を行く。

「うん・・・・・」

 カイトもそんなレンのことを分かっているから、頷いてレンを追うように歩く。



 ガタン ゴトン・・・ ガタン ゴトン・・・・・


  
駅は相変わらずの人込み。

 時間も時間なので、ピークでないにしろ、満員電車は避けられない。

 山手線の電車を待ちながら、レンが問う。

「兄ちゃん、手、つないでいい?」

「・・・・・恥ずかしいから・・・」
 
 レンの視線を避けるようにカイトは俯くと。

「ごめんね」―――ぽそりともらす。

「―――うん」

 レンは気にしてないというように、ひとつ頷く。


 ガタン ゴトン・・・・ガタン ゴトン・・・


『池袋―池袋―』

 眼の前に到着した電車の、扉が開く。

「っ」

 押されるようにして乗り込んだ車内は、案の定、満員だった。

 押され、窓際に寄った自分とは違い、レンはどうやら中央付近に居るらしい。

 肩越しに振り返った先に、埋もれるようにして金色のトサカのような髪が見て取れる。

 くす・・・

 カイトはひとつ笑うと、前を向き、到着駅を待つ。

 駒込なら、直ぐだ。

 ―――――そう、思っていたのに。
 
「・・・・・ッ!!」

 カイトは、ギクリと身を竦める。

 背後から、『誰か』が、カイトの太腿を明らかな悪意を持って触れてくる。

「・・・・・!」

 カイトが嫌がるように軽く身をよじると、相手も一瞬、手を離したのだが。

それ以上の抵抗を見せないと分かると、またぞろいやらしく、粘着質に触れてきた。

 太腿の外側から、内側へ。

 柔らかい部分を揉みほぐしながら、手を上げていき、ズボン越しに蕾を擦り立てる。

「ッ・・・・ゃ!」

 あまりの気色悪さに、ゾッとしたカイトは青褪めながら少し大きく身じろぐと、隣のOLが迷惑そうな顔でカイトを睨んだ。

「ぁ・・・・・」

 その強い視線にカイトは狼狽すると、小さくすいません、と謝る。

 OLは少し不愉快そうにしながらも、カイトから視線を逸らした。

 カイトは ほっと息をつく。

 しかし、悪夢は終わったわけではなかった。

 そんな気の弱い反応に気を良くしたのだろう、相手は背後から抱きつくようにカイトの細腰に手を廻すと、白いコートを巻くり上げ、ズボンのジッパーをゆっくりと下げていく。

「・・・・・ぁ・・・・っ」

 ギクリと身を強張らせ、カイトは震える手で悪戯を仕掛けてくる手を引き剥がそうとするが、予想以上の力強さで、引き剥がすことが適わない。

 尻の狭間に、相手の屹立したモノがゴリッと押し当てられる。

 カイトは泣きそうになるが、回りの反応が恐ろしくて声を立てることすらできない。

 その間も、男の傍若無人な手は休むことなくカイトを嬲る。

 下着の上から、確実に性感帯を探り当て、擦り、爪を立てる。

「・・・・っふ・・・うぅ・・・・っ」

 気持ち悪いのに、確実に追い上げられていく。

 カイトは涙を浮かべ、唇を噛んで嗚咽とも喘ぎとも付かぬものを噛み潰す。

 耐え切れぬように前に傾ぐカイトの身体を、男は腰に廻した手で支える。

 涙を浮かべたカイトに、肩越しに侮蔑を含んだ眼差しで睨まれた男は、益々興奮し、モノを更に滾らせ擦り付ける。

「ゃ・・・・っ!!」

 カイトは悲鳴を上げそうになるが、その瞬間通過した短く暗いトンネルの中で、反射したガラスのドア越しに見た自分のあまりに酷い表情と大勢の客の存在に、身を竦めるしかなかった。

 誰か、助けて・・・・・っ!!

 大粒の涙を一粒こぼし、身を振るわせるカイトに男は更に嗜虐心を刺激され、いよいよ下着の中に手を滑り込ませる。

 ―――その時。

「おい、オッサン!! 人の兄ちゃんに痴漢してンじゃねーよッ!!」

 押されて密かに文句を言う客などをキッパリ無視して、レンが人をかき分けるように前に出て、男に指をさす。

「ッ!?」

 男の動揺に押され、周りの客もようやく事態を把握したのか、三人の周りから距離を置くように人が離れていく。

「な、なんだいきなりッ!」

「なんだじゃねーよ。俺の兄ちゃんから汚い手ェ離せ。痴漢は犯罪だって教わらなかったのかよ」

 レンは男のスーツを鷲掴むと、力任せにカイトから引き剥がす。

「・・・兄ちゃん、大丈夫?」

「れ、レン・・・・・ッ」

 はぁっ、とため息を吐きながら問うてくるレンに、カイトは半泣きですがり付く。

 コートの裾から覗く、チャックの下ろされたズボン。青褪め、涙を滲ませる青い瞳と華奢な震える身体。
 
 そして更に同情を煽るような、カイトの誰もが息を呑むほどの美しい容貌と、縋り付いた弟の、炎のような強い瞳と整った容姿。

 悪役は誰か、一目瞭然である。

「―――――――――」

 周りから一斉に非難の視線を浴び、男は観念したように項垂れる。

『次は、駒込―、駒込―』

 シンと静まり返った車内に、アナウンスが流れる。

 レンはカイトに服を整えさせると、カイトの手を引き、男を蹴り出すように電車を降りると、真っ先に駅員に男を突き出す。

「やぁ。今日も痴漢、かな?」

 もういい加減、顔見知りになった駅員だった。

「調書取るから、ちょっと待って」

 それから暫く、あまりにも『慣れた』作業をこなし、二人は駅を後にする。

 見送る駅員は、意味深にカイトを眺め、苦笑う。

「君たちが来てから、山手線が『綺麗』になったと褒められる」

 まいったね。

「・・・・・っ」

カイトは羞恥で顔が上げられない。

 男のクセに、と言われた気がしたからだ。

「・・・ほら、兄ちゃんもう行こう。マスターきっと待ってるよ」

羞恥で身を縮めるカイトの背を、しょうがないとばかりにレンは押すと、さっさとその場を後にした。



「・・・・・ごめんね、レン・・・」

 俯き、辛そうな顔でレンの後をとぼとぼ歩くカイトに、レンははぁ、とため息を吐くと、くるりと後ろを向き、カイトを見上げる。

「ホント、ビックリした」

「―――――うん・・・。」

 いや、本当に。

 電車に乗り込んだら、人波で引き離されて。

 身動きが取れないまま、それでもなんとかカイトの方を向いたら、なんか様子がおかしい気がして、近寄ろうと試みた。

そうしたら、一瞬のトンネル通過で浮かび上がった、泣きそうでありながらどこか淫靡な、苦痛を耐える顔に―――キレた。

 それは、俺以外がさせていい顔じゃないッ!!

 マジでどうしてくれよう、とか歯軋りしたくなる。

 この兄は、自分がどれほど他人に嗜虐心を抱かせるか、分かっていないのだ。

 初対面の人間には、必ず人見知りをする。

 おっとりとした性格は、他人との衝突を好まない。

 そのくせ親しい相手にはお花畑にいるような、華やかで柔らかな笑顔を惜しまない。

 そして泣き顔は・・・震えるウサギのようで、もっともっと啼かせたくなる。

 それを、この兄は一向に理解しない。

 いや、そんな気持ちを持ったことないから、理解できないのだろう。

 まったく、本当に・・・・・。

 強くじっと見つめていたため、居心地悪そうに身じろぐカイトからレンはようやく視線を逸らすと、また大きく息を吐き出し、頭を切り替える。

「ま、無事でもないけど、もういいよ」

「うん・・・」

「兄ちゃん」

「・・・なに、レン」

「手―――つないで、いい?」

「―――――うん。」

 ごめんね。

 謝るカイトの手を力強く掴むと、レンは会社を目指す。

「ぁ・・・レン、図書館、ココ・・・」

「いいよ。口実って、わかってンだろ」

 レンは目的の図書館に目を向けることもなく、歩く。

 横を通り過ぎる主婦は、微笑ましそうに二人を笑う。

「お兄ちゃんと手をつないで、良かったわね」

 笑う。

 自分がダメなせいで、レンが笑われる。

「・・・・・ごめんね、レン・・・」

 恥ずかしいよね・・・?

 項垂れるカイトに、レンは気にしていないと肩を竦める。

「いいって言ってるだろ? ほら、行こう」

「うん」

 レンはカイトの手をぎゅっと握り締めると、嬉しそうに微笑むカイトと一緒にマスターの待つ会社へと向かったのだった。


                      お わ り。


『兄としての距離、弟としての距離。』2010.2.1

『A』は絶対にレン勝てないよね!? ←実際言われたし(笑)
・・・ということで産まれた『B』です〜。
ここのレン君は大層大人。
ソレとは逆に、兄さんは頭にお花が咲いている大変残念な子です(笑)
でも、きっと愛されてるさ!☆
でも、綺麗すぎて理性が勝って手を出せなそうなレン君(笑)
どっちにしてもあわれなり。
ちょっとでも進展するといいね、レン・・・。 ←他人事。

あ、そうそう、今回は横書き仕様の文体(?)です〜。
絵が描けるなら、文字を少なくして絵だけで表現したい話。
あーあ、綺麗な兄さんが欲〜しい〜(笑)

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