サンプル。

□『七夜』
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『一夜』

【present】

 そこそこ裕福な少年が3人殺された。
 この石畳の敷き詰められたイギリス国内の路地裏で、人が死んでいる事はそうそう珍しいことじゃない。電話も引かれ、ガス灯篭も燈る近代化の進む街並みであるが、暴力によって抛られ、野晒しにされたまま死に行く人間、特に貧民はザラだ。今だ人の命は重いとはいえない。
 そんなこの街で死んだ少年である3人を何故俺が追っているのかと言うと―――その殺され方が特異であったからだ。
 その3人全員、両目を抉り取られ、両手首を切り落とされていたのだ。
 死体解剖の結果を見ても、両手、両目意外に傷が無いことから、死因は両手切断による失血死、もしくはショック死と考えられている。 

 生きたまま両目を抉り、両手を切断する殺人鬼。

 世間はこの事件を猟奇殺人と噂し、恐怖による震撼と興奮で街をざわつかせていた。
 
 俺はこれをチャンスだと思った。
 最近は冴えない記事ばかりで収入も少なく、売れるネタも底を尽きてきた。
 ここで警察よりも有力な証拠を集め、一発ドカンと犯人に繋がるネタを特集で組めば、きっと良い値段で買ってくれるだろう。もし犯人も捕まえることができたのなら、他の新聞でも取り上げられ、しばらくは遊んで暮らせるだけの金が手に入るに違いない。
「よし」
 俺は期待に胸を膨らませると、手帳を取り出し、早速被害者となった少年の簡単なプロフィールを見る。
 パラリ・・・
 3人に、共通点は多かった。
 全員が、男、15歳、丘の上の名門校に通っているということだ。
 今や誰もが知る情報ではあるが、そこになにかしらのキーがあるのは間違いないだろう。
「3人の仲の良かった友人をまず探ってみるか」
 俺は殺人ということで規制が厳しくなっている中、目の前が学校ということで安心して学生も入れる喫茶店へと足を踏み入れる。
 爽やかな笑顔を作ると、談笑している集団へと歩み寄り、気安く学生に声をかける。俺の若さも功をそうしたのだろう、あまり警戒心を抱かせることなく学生は質問に答えてくれた。そして年も皆15歳という、まさにうってつけの質問相手だったのだ。運が良い。
 記者と言ったのも良かったのかもしれない、色々窮屈な思いをしている学生たちはそれに一様に目を輝かせ、逆にアレコレと聞いてくる始末だ。
 それをのらりくらりかわしながらまとめた情報によると、仲の良かった友人は色々名前が挙がったのだが。
 ―――その中で、生徒が皆一様にお互いの目を見交わし、意味深に言い淀む名があった。 
 ダニー=ワイズマン
 ・・・それは、自分ですら知っている、爵位すらある家の子供であった。


 今、その子は事情により少し前から休学中だという。理由は皆知らないらしい。一体どういうことなのかは知れないが、『この時期』を考えると休学とは、怪しいと思わないほうがおかしいだろう。俺は学生に礼を言うと、早速ワイズマン侯爵宅へ向かう。
 有名人の家に向かうのは楽だった。誰もが知る名家、辿り着くのは一瞬である。
 ・・・だからといって、アポイントも無しに気軽に訪問できるような場所でもなかった。大きな門と門番、広大な庭、そして奥に佇む重厚な造りの豪邸に、俺は完璧に気後れしていた。無意識に一歩後ずさる。
「どうする・・・やめるか? ――――でも・・・っ」
 金のためだ・・・!
 俺は拳を握り気合を一つ入れると、門番に近寄り、自分の素性とダニーへのアポの希望を告げる。
 門番は手渡された身分証と顔をじろじろ眺め、胡散臭げな顔をしたが、それでも伺いを立てるからしばし待つようにと告げる。とりあえずホッとした。門前払いは無さそうだ。そんな男を見送り、もう一人の門番に監視されながら居心地悪く俺が待つこと5分。
 なんと希望が通ったようで、戻ってきた門番に連れられ、俺は邸内へと案内されることとなった。
 門番は長い庭を通り抜け邸の重い扉を開くと、顎で入れと俺を促す。扉の向こうにはメイドが一人、頭を垂れていた。
 門番に代わり、メイドに邸内を案内される。
 延々つづくと思われた廊下を何度折れただろうか―――気がつくと目の前に大きな扉が立っていた。
 メイドが扉を開ける。
「うわ・・・」
 室内には豪奢なアンティーク調の家具や食器、光がたっぷりと降り注ぐ美しいガラス窓、そしてアイボリー色のソファには1体の青いドール・・・いや、違う、あれは本物の人間か!
 俺は凝視しながら吸い寄せられるようにフラフラと近づくと、ドールはにこりと微笑み、少年特有の涼やかで、そのくせどこか甘い声音で「ようこそ」と俺を見上げてきた。
「―――――」
 俺はその、あまりにも美しい顔にしばし呆然とさせられる。
 まだ子供と言える年齢というのもあるが、華奢でありながらしなやかで美しいラインを描く肢体と、この国には珍しい異国の血が混じっているのであろう赤みを帯びたダークブラウンの艶やかな髪と瞳は神秘的で、中性的な美貌を引き立てる白磁のような白い肌と赤い唇はどこまでもこわく的だった。
「・・・・・」
 脇にしゃんと構えて座る黒い犬を撫でる白く細い指と、長い睫毛を伏せたその美貌にごくりと唾を飲んで見てしまっていたが、ふと上げた視線で座るよう促され、俺はハッとしつつ慌てて向かいのソファにようやく腰を下ろした。少年はメイドにお茶を出すよう命じている。
 ・・・自分の薄汚れた服や靴が気になって居心地がすこぶる悪い。ここは自分が身じろぐたびに家が汚れるんじゃないかと思うほどどこもかしこも輝いていて、ソファにすら気後れして半分腰掛けるに止まっている。
 改めて平然とこちらを見返す目の前の少年と自分の身分の違いを実感させられる。ほんの少し触れただけでも罪な気がした。
カチャッ
 既になにから切り出したらいいのか解からない状態だったが、メイドが目の前に差し出してくれた紅茶をみて、俺はようやく現実を思い出した。
「ありがとうございます」
 パッとしたところのない地味なメイドに微妙に引きつりながらも笑顔で礼を言うと、メイドは案内してくれた時同様、深々と一礼すると、スッと部屋の隅へ下がっていく。礼儀正しいが、愛想のないメイドだ。
 改めて俺は目の前の少年を見る。正視してはいけない気がして、チラチラ視線を向けてしまったが少年は気にした風も無く、紅茶のカップに口をつけると、「用件はなに?」と世間話のように尋ねてきた。
「あっ、・・・と、殺人事件のことについて聞きに来たのだけれど、君は・・・て、そうだ、自己紹介がまだだった!」
 俺は慌てて懐を探りしわしわの名刺を取り出すと、机越しに身を乗り出し、少年へと差し出す。
「俺はフリーの記者のポール=フィッシャーという者です。君は、次男のダニー君、でいいんだよね」
「『ダニー』でいいよ。―――ふぅん、僕、政治関係の記者以外にあったの、初めてだよ。僕は『記者さん』って呼んで良い?」
「―――――勿論」
 白い指先で摘んだ名刺の、俺の名前の上をゆっくりと指の腹で撫でられ、俺は危うく下半身が疼きそうになり低く咳払いをすると、重々しく頷く。
 あまり長くいると間違いを起こしてしまいそうだ。
 それほどまでに、彼の一つ一つの動きが気だるく、艶めかしい。
 俺は、質問を急ぐことにした。
「それじゃ、早速だけれど。最近君と仲の良かった友人が3人も殺された。知ってるよね? 何か仲間内で諍いや、誰かに殺されるような心当たりはないかな」
「ないよ。警察にも言ったけど、あんなふうに殺されるほど悪いことをするような友人は僕にはいない。諍いだって、他愛もない喧嘩なら子供には沢山ありすぎて。それでも、後に引くようなものは一つもなかった」
 もっともな言い分に、俺は唸る。ダニーは小首を傾げると、それに、と言葉を続ける。
「僕、最近学校に行っていないから、あんまり知らないんだ」
 そういえば、聞き込みをしたとき、そんな話を聞いたのだった。
 俺は驚愕のあまり忘れかけていた情報を思い出すと、この子が犯人と言うことを想定した、加害者側の側面を探すような目でダニーを見つめる。
「なんで学校に行ってないんだい? 元気そうに見えるけど、もしかして病気なのかな」
 ワイズマン家の子息が病など、聞いていない。
 俺は疑心の目で見つめ返すと、ダニーは無言で手招き、傍に来た俺に右足を突きつける。そしておもむろに膝丈のズボンをたくし上げ、白い靴下を引き下げると膝裏を指差した。
「ここ、傷があるでしょ? ・・・腱を切っちゃったんだ。今は歩けないから、学校を休んでるんだ」
「・・・あ」
 細く滑らかな脚の裏側に、確かに真新しい傷が肌に走っている。
 案外深くて、多分一生脚を引き摺るだろうことが俺にも解かり、ダニーによる犯行は不可能と断定されたも同然だった。
 よく見れば、部屋の片隅には車イスが置いてある。間違いないだろう。
 俺は内心落胆しながら質問の礼を言うと、帰るべくソファから立ち上がる。
「送れなくてごめんなさい」
「いいよ、休んでてくれ。こっちこそ急にすまなかったね。・・・もしまた何かあったら聞きにきてもいいだろうか、ダニー」
「勿論だよ。僕も皆を殺した犯人は気になるから。なにか分かったらいつでも訪ねてきて。ね、約束だよ、記者さん」
 懇願するダニーに俺は大きく頷くと、メイドの後に続き、邸を後にした。
 

 門をくぐり、平民が行き交う街並みにホッと息をつきながら歩き始めたとき、馬車と擦れ違った。
「あれ・・・?」
 終着地が近いため徐行していた馬車から見えたあの人物は・・・もしや。
 ダニーの兄の、リチャード=ワイズマンではないだろうか。
 冷徹な美貌を誇る社交界でも有名な、ワイズマン次期当主。弟とは違い、ブロンドの髪とエメラルドの瞳を持つ、肉体美も素晴らしいと噂のあのリチャード氏か。
 今帰宅だろうか。それなら間一髪である。
 ダニーに一瞬でも疚しい想いを抱いた自分の内心を、見透かしそうなあの氷の瞳に今は曝されたくはない。
 俺はそそくさと逃げるようにその場を後にすると、懇意にしている情報屋の場所まで急いだ。


 カラン カラン
 上流階級と庶民の地域の狭間にある、少し高級なバー。
 そこのドアを開けると、軽やかなベルの音とともに艶やかな女が出迎えてくれる。
「いらっしゃい。―――あら、久しぶりね、ポール。元気にしてた?」
「やぁ、相変わらず綺麗だね、ナオミ。今日は開いてる?」
「そうねぇ・・・・はい。」
 いつもの挨拶を交わした俺の前、ナオミは少し考えるような素振りを見せた後、おもむろににゅっと手を差し出しニッコリ微笑むのに、俺は若干鼻白む。
「予約料とか、まけてくれてもいいと思うんだけど」
「やだ、こっちだって商売で生きてるのよ。もらえるときに貰っておくのが私のポリシー」
「・・・・・」
 俺は無言で銀の硬貨を二枚渡すと、いつもの部屋へ歩いていく。
 ナオミは幼少からの幼馴染で、今は上流階級相手の娼婦をやっている。
 だから、普段は下へ流れてこないゴシップも寝物語で沢山聞いていたりするのだが、それでも普段は誰にも口を滑らせたりしない。
唯一の例外が俺で、金と引き換えではあるが、どうしてもと頼み込んだときはコッソリ情報を流してくれるありがたい存在なのである。
 今日は殺された子供の親の近状と、その子供の友人の親の近状を聞くつもりだ。
 部屋に入り、ドアに鍵をかけドアについた小窓にカーテンを引く。
「今日は、一日買ってくれるんでしょう?」
「『サービス』してくれるなら」
「ふふ・・・決まり」
 ナオミは艶然と微笑むと、俺のシャツをゆっくりと脱がしていく。
 ダニーに煽られて疼く下半身を持て余していたので丁度良い。
 俺はナオミのスカートの裾から手を突っ込むと、乱暴に下着を引き摺り下ろした―――


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