サンプル。

□Implicate
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それを見たとき、正直あまりいい予感はしていなかった。絶対に巻き込まれる・・・。そう、解かっていたからかもしれない。
 それでも正直に申告したのは偏に、黙っていたことがバレた時の方がよほど面倒な目に合いそうだと自覚していたからである。
 雇い主であるイアソンは普段合理的な考えをしている。悪辣な手段を用いたとしてもそこから必ず結果を引きずりだす。だから理由がその時理解できずとも、安心して率先して動くことができた。
 ただし・・・『彼』が絡まなければ、だ。
 カッツェは手の中のそれを渋い顔で眺めると、ひとつため息をつきあくまで冷静を心がけイアソンの元へ向かったのだった。



「失礼します。少し確認していただきたいことがありまして」
「なんだ」
 日々忙殺されるほどの働きをしているカッツェが、今日も裏を取るように情報を収集していたときに偶然にも引っかかったものを、躊躇いつつもイアソンにスッと差し出す。
 それは今や珍しい旧型のデータチップであった。
 旧型のデータチップはもはや主流ではないが、それでもこうしたマニアックな趣味のデータ観賞では人気を見せている。
 今回汚職高官宅から押収されたこれもその一つだ。
「なんだこれは」
「・・・観ていただければ、解かっていただけるかと」
 訝しげにイアソンが眉を顰めるのを冷静に眺め、カッツェはとにかく観ろとそれだけを繰り返す。あまり下手なことを言って煽りたくはない。
 ラベルが上からなにか細工されているデータチップをイアソンはしばし無言で眺めると、最新型の投影機にチップを読み込ませる。
 データチップは旧型であったが、いろいろな案件を処理しているイアソンはこうやって旧型も対応する投影機を常に完備している。
 目の前の空間にホログラムが映し出される。最新式のそれは、リアルな大きさを再現し、まるでそこで本当に人が生きているかのようだった。
 目の前に映し出されたファンシーな部屋に、一匹の子猫が横切る。
 それを追うように一人の小さな男の子がとてとてと歩いてきた。
『にゃんちゃん、まってぇ』
 艶やかな黒髪と黒曜石の如きつぶらな瞳、日に当たらないのかミルク色の柔らかい肌とぷっくりとした桜色の唇。2、3歳くらいの少年は惜しげもなく剥き出しの足を晒しながらスモッグと短パンで猫に歩み寄ると、『つかまえたぁ』と嬉しげに猫を抱き上げる。
『えへへ、ふわふわー』
 目の前でふわふわ揺れる毛に頬ずりをすると、柔らかなクッションにちんまり座りこみ、猫を頬を染めた嬉しげな顔でじっと見つめる。
「―――――」
「―――――」
 どうみても、幼少期のリキである。
 彼の出自は追い切れていないが、まさかこんな裏があるとは思ってもみなかった。
 カッツェは目の前でキャッキャと戯れる幼いリキを見つめ、隣の上司をチラリと見やる。
 等身大の立体ショタ映像を真顔で見る上司・・・。
ここは突っ込むべきではない・・・とカッツェは思考を濁らせると、ぬるい視線で見守る。
『にゃんこ! にゃーん♡』
 子猫と会話するように鳴き声を真似するリキは、こう言うのも何故か抵抗があるが、すこぶる可愛らしい。
 一体どこで間違ったのだろうか・・・。
 カッツェは遠い目になるが、それこそ余計なお世話である。
 こんな純真無垢では生きていけないのだ。むしろふてぶてしさを身につけられたことを褒めるべきなのだろう。
 小さなリキは目の前でふんふんと鼻をひくつかせる子猫に満面の笑みを投げかけると、可愛らしく唇を尖らせ子猫にちゅーをする。
『ちゅー・・・』
 ブツッ
・・・というところで映像が途切れ、目の前が暗転する。
 これはカッツェが確認した時も同じであった。データに傷がついているのだろう。しかし残り時間を見る限りあのちゅーで終わりだ。問題はなかろうとカッツェがイアソンへの報告を終えようとすると・・・見覚えのある冷徹な瞳で見下ろされ、ぎくっと身を強張らせる。
「私がこんな不完全なもので満足すると思っているのか」


つづく・・・

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