サンプル。
□『Cold』
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一番初めに気がついたのは、やはりダリルだった。
「リキ様、風邪を引かれたのではありませんか?」
いつもあまり表情の変わらないダリルの、それでも心配げな色を滲ませた表情に、リキは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。
甲斐甲斐しく世話を焼くダリルに、リキが内心ウンザリとしている、いつもと変わらない朝のことだった。
昨日と同じく、気ままに起き出し、朝食を摂っている。
体調もなんら問題も無く、ただ毎日のように繰り返されるセックスによる疲労で身体がダルイ、それだけだ。
それなのに、これの、どこら辺が風邪だというのだろうか。
リキは思わず首を傾げる。
「風邪なんざ、引いちゃいねぇよ。昨日も一昨日も、きっと明日だってこんなんだろーが。一体どこを見て風邪なんて言葉が出るんだ?」
純粋に疑問だった。
生まれてこの方、風邪など数えるほどしか引いたことの無いリキは、あんなものは気の持ちようだと常々思っている。
それなのに、風邪?
冗談じゃない。
「なんとなくですが、お声がいつもと違っているように思えます。それに最近、悪質なウイルスによる風邪が流行っているものですから。ここのエアコンは空気清浄も兼ねていますので心配ありませんが、ゲート付近まで行かれるリキ様は感染してもおかしくないのですよ」
確かにゲート付近まで足を運ぶことがあるが、それでもあるかないかのウイルスに感染するほど、俺は軟弱じゃない。
そんなセリフがありありと分かる顔つきで、リキは鼻を鳴らす。
「声がおかしいのは、ガンガンにヤられまくったせいで喉が痛ぇからだ。それこそ今更、だろ」
「ですが、万が一、ということもございます。早期発見は症状も軽くて済みますし、薬自体は身体に悪いというものではありません。もし、風邪ではなくとも、免疫力を高める効果のある薬だと思っていただければ・・・」
「いらねーって。俺はどこも痛くないし、悪くもない。必要ねーよ」
ダリルの言葉を遮り、憮然と呟く。
内心、リキはムッとしていた。
漸う、風邪の引いたことのない人間によくある傾向なのだが、誰が風邪を引いても自分だけは絶対に風邪を引かないッ、と根拠のない自信でもって頑なに思い込む。
リキにもそんな、絶対的な自負があった。
風邪は自己管理のなっていない人間の証拠。
一人で生きていく生活を余儀なくされる、ケレスでの常識でもある。
「でも・・・」
「いらねーって言ってるだろうが。大丈夫だって」
尚も言い募ろうとするダリルに、リキは大きく手を振ると、会話を断ち切るように部屋を飛び出した。
「まったく、なんだってんだよ。そんなモン引くわけねって」
食事もそこそこに部屋を飛び出したリキは、いつものようになにをするでもなしに、ブラブラしていた。
「大体、俺が風邪なんか引くようなキャラかっつーの」
ファニチャーだかなんだか知らねーけど、過干渉にもほどがある。
馬鹿にされたようで、ぶちぶちと文句を垂れ流さなくては気がすまない。
「・・・でも、まぁ考えても仕様がないしな。気晴らしに誰かをからかって遊ぶとするか」
誰にしようか。
何気にひどいことを考えつつ、リキはサロンまで意気揚々と向かった。
そして。
歩き回ること数時間、じわりじわりと体調に変化をきたしていった。
なんか、顔が熱い。
頭は寝不足のせいかぼんやり重たいし、朝飯途中で切り上げたから、身体がふわふわと軽い気がする。
いかにもな初期症状を、リキは都合よくすべてを解釈すると、
「にしても、寒ぃな」
ブルッと身震いし、両腕を組む。
ゾクゾクするような寒さなど、初めてのような気がする。
「ついに館内のエアコンもガタ来てんじゃねーか?」
ここで『ガタが来てるのはお前だ』とツッコミを入れてくれる人間はいない。
リキは両腕をさすりさすり廊下にソファを見つけると、深く座り込む。
あまりのダルさに、立ち上がる気力がなくなりそうだ。
「あー、ダルイ。セックスなんてのは適度に時間を置いて、が常識だろーが。ッたく、毎日毎日盛りの付いたガキじゃあるまいし励むもんじゃねぇっての」
ぶつぶつもらすリキは既に、自分はまだ若い、という意識はなかった。
「身がもたねぇって」
ため息を一つ付くと、おもむろにゴロンと横になる。
「ここ、エアコンの下なのか。ちょうど顔に涼しい風が当たってキモチいいー・・」
すっと吹き抜けていく風に目を細める。
寝不足で回らない頭が冷えていくようで、心地よい。
「・・・なんだか、眠くなってきた」
やはり、疲労がたたっているのだ。
リキは、帰るとダリルがうるさいと考え、ここで寝ていくのもいいだろうと睡魔に任せて眠りに落ちていった。
・・・つづく。