サンプル。
□『Love・・・Therefore』
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「何? 雷が見たい、だと?」
ラウールは、目の前で無表情ながらも無謀なことを頼んでくる親友を、眉を顰め凝視する。
ある日のこと。ラウールはイアソンに少し付き合ってくれないか、と頼まれた。
ラウール自身、そのときは大して気にもしなかったので、予定の空いたこの時間を指定し、イアソンの部屋へとやってきたのだ。
そして今。
ファニチャーに出された茶を飲みつつも、らしくもなく、なかなか本題に入らないイアソンに、焦れたラウールは用件を単刀直入に問い詰めると。
―――思いもよらない返答が返ってきたのだ。
雷、だと?
どういった心境の変化なのか分かりたくもないが、どうやら本気らしいことは微かに浮かぶ焦燥で十分理解できる。
といっても、常に近くにいるラウールだからこそ分かる変化ではあったが。
「いきなりどうしたんだ、イアソン。基本的に気候の変化はプログラムによる制御がなされていて、ランダムになっていることはお前でも知っている筈だろう」
「ああ。一ヵ月後の今日が雨であることも、半年後の明日が曇りであることも知っている」
眉間に皴を寄せ、唸るラウールにイアソンも重々しく答える。
全てにおいてミダスの統治下にある。
法も権力も。―――気候に於いても、だ。
そんなことは誰だって知っている暗黙の了解事である。
だからといって、ブロンディであれ気分によって気候など変化させる権利があるわけではない。生きていく上で必要な寒暖を勝手にいじっていいわけはないのだから。
「それを一番分かっている筈のお前が、それを言うのか」
「・・・―――――解かっている。だが・・・」
見たいのだ・・・。
苦悩を浮かべながらも向けてくる真摯なイアソンの視線に、束の間ラウールは息を呑む。
どうやら、本気らしい。
「―――・・理由を言え。そうしたら、考えておこう」
罰則も辞さないイアソンに根負けする。
それでも、手を貸すからにはこちらも罰則覚悟で望まなくてはならないのだから、理由はどうしても聞かなくては気がすまない。
あくまで自分は冷静に物事を把握し、判断を下さなければならないのだ。たとえイアソンの頼みであろうと軽々しく聞くことは出来ない。
責務を負う、とは、そういうことなのだ。
「理由、か」
強い視線で見つめてくるラウールから視線を逸らし、イアソンは宙を見つめる・・・
最近、リキは感情がなくなってきた。
押し殺しているのではなく、ない、のだ。
喜怒哀楽がなりを顰め、無表情。
静かに見つめてくる綺麗な黒瞳は、ガラスのように煌き美しいが、どこか寒々しい。
まるで、ブロンディ(自分)のような人工じみた綺麗さだ。
どこを見つめているのだろうか。
目線は合っているはずなのに、届いていない、ような・・・。
遠い未来を見つめているようで、恐ろしい。
だからイアソンは、最近ベッドで手加減ができなくなっている。ベッドではリキの感情も全て戻ってくるのだから、一層。
分かっていながらも、内心に焦燥が浮かぶ日々を打開できないでいたイアソンに。
ある日、光明が差した。
アパティアの一室でリキが何気にTVを見ながら、呟いた一言によって。
「雷、か・・・。綺麗だろうなぁ・・・」
ただの感想に過ぎないことは、分かっている。
しかし、最近興味を示すものが少ないリキの、唯一の興味。
これだ、と思った。
言いたいことを飲み込むように、不意に伏せられる長い睫毛も、自分のどうしようもない焦燥感も、少しは解消されるかもしれない。
それに、もしかしたら笑顔さえ見せるかもしれない。
いつも自分に向けて、ではないところが腹立たしいが。それでも構わないと思うぐらいには、笑顔を見ていないし煮詰まっていた。
だから、何としても実現したかったのだ。
―――しかし。
理由を聞かれると困る。はっきり言って、
(無理だ)
キッパリと断言できるくらいには、まだイアソンに理性は残っていたし、無謀だと自覚もあった。
自分にとってはいたって深刻な問題ではあったが、他人から見れば、バカップルの倦怠期の解消、もしくは夫婦仲の改善にしか感じられないだろう。
ある一点を除き、誰よりも理性的で、冷静な完璧主義者のラウールに本音を言って通用するとは思えない。
ただでさえ、リキにはいい顔をしないのだ。
薄々は感づいているだろうが、自分からははっきり断言するつもりはない。それを理由に引かれては困るのだから。
何とかしなくてはならない。
イアソンは脳をフル活用し、考える。
ラウールがイアソンの機微に気付くぐらい付き合いが長いのと同じで、イアソンもラウールの性格を熟知するくらいには、一緒にいたのだ。
だから、後略するべきコツも分かっていた。
薄く微笑み、遠くを見つめるイアソンに気味悪げな視線を送っていたラウールに、ふいに視線を戻すと。ラウールはあからさまに一歩後ずさり、引く。
「? なんだ」
「いや・・・」
あまりの行動に怪訝そうな視線を送るイアソンに、ラウールは気まずげに視線を逸らす。
「まあ、いい。理由だが・・・色々あってな・・・。だが、―――心底、困っているのだ」
「お前が、困っているのか?」
ラウールは目を見開き、聞いてくる。
今にもため息を吐きそうなほど、眉間を絞り陰鬱な表情を浮かべるイアソンの表情に、ラウールは驚きつつも内心喜んでいた。
いつもスカした表情で嫌味や毒舌を吐きまくるイアソンばかりを見ていたので、困っている、という弱音じみた言葉なぞ、ついぞ聞いたことがなかったのだ。
リキのことに関しても法のギリギリの所で欺き、平然と屁理屈を捏ね、自分を正当化していた、あのイアソンが。
ブロンディは完璧であり、分野は違うがそれぞれの方向で特出して優れている者ばかりだ。
その中でもトップを切っているイアソンが、苦悩の表情を浮かべ、困っている?
ラウールは込み上げてくる笑いを押さえることが出来ない。
これを楽しまなくて、どうするというのだ。
力で切り捨てたり裏工作で排除することも出来るの立場にいるのに、しない。
ソレは、イアソンにとって深刻ではないということであって、しかし、自分の力ではどうにもならないという、困ったこと。
それが、雷という現象でありラウール(自分)しか解消できないイアソンの悩みなのだ。
―――面白いではないか。
心底高笑いをしたい所だが、本人の目の前なので咳払いなどして何とか堪える。
もっとも、そんなラウールの白々しい態度も、計算づくのイアソンにはお見通しであったが。
咳き込むラウールに温(ぬる)い視線を送りつつ、イアソンは駄目押しで懇願する。
「ああ、困っているのだ。こういう時、ブロンディとはいえ万能ではないことを思い知らされる。私が流通しているのは経済であって、科学分野に関してはからっきしだ。・・・我がミダスを誇る天才サイエンティストのお前には造作もないことも、私には難しい・・・」
はぁ、と切なげに、ため息も添える。
演技は、これ以上にない位完璧であった。
―――流石、天下のブロンディである。いつもはぴくりとも動かない表情筋の操作も、お手のものだ。
冷静に考えればありえないこと尽くめであったが、いいのか悪いのかラウールは気が付かなかった。
「そうか。お前をしても無理なことがあったのか・・・。ならば仕方がない。親友として、手を貸さないわけにはいかないだろう。親友だしなッ。この天才! サイエンティストの私がお前の趣旨に合うよう、素晴らしい技術でもって力を貸してやろう!!」
「・・・すまないな。ラウール」
意気揚々と宣言するラウールに、イアソンは愁傷に感謝を述べる。
たとえ恩着せがましいところがあろうとも、自分を持ち上げる微妙な強調のされた台詞回しであろうとも、イアソン的には全然気にはならなかった。むしろ、
ちょろい。
親切げな態度で高笑いするラウールに、イアソンは満足する。
唯一イアソンの思惑に気付いた(いや、普段のイアソンを知っている人は誰でも気付くだろう。気付かないのはラウールぐらいのものだ)ファニチャーを、冷えた視線で黙らせ最後に、
「頼む」
と念を押す。
イアソンは目的のためには手段を選ばない男だった。
・・・つづく。