サンプル。

□『an Alcoholic』
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 その時。

 ガキン・・・ッ
 鉄の響く音と共に、手の中に重みを感じた。
 蛇口の栓が取れていた。
「は?」
 思わずマジマジと手の中の、元蛇口の栓だったものを見つめてしまったが、それ以上に、シャ―――ッという音と共に真上に吹き上げる水に、慌てふためく。
「ちょッ・・・! マジかよ!!」
 半ばパニックに陥りながら、手近にあったうがい用のコップを鷲摑み、噴出する水を止めようと試みる。
「はっ!」
 しかし、水圧は強かった。
 コップは跳ね飛ばされ顎を直撃し、撃沈する。
 駄目押しするかのように頭上から、天井に当たって跳ね返ってきた水が降りかかってきて、シドは泣きたくなってきた。
 俺が一体、何したって言うんだぁ・・・ッ!
 

 それから十分後。
ようやく水道の元栓の在処を見つけ出し、水を止めた頃には、部屋一面水浸しの大洪水、というありさまで。
「・・・・・」
もう言葉すら出なかった。

 

 水をかぶったせいなのか、ショックによるせいなのかは定かではないが、二日酔いはあっという間に消え去っていた。
 消えてなくならないのは、現実だけ。
 ―――というのは目の前に広がる状況を見れば誰にでもわかることで。
 シドは自分の運のなさを自嘲気味に一人寂しくフンッと鼻で哂うことで紛らわし、気を取り直して蛇口を直すために様子を伺う。
「あー・・・。腐ってやがる」
 蛇口は錆付いてありえないところから折れており、修復不可だと一目でわかる。前々から大分古くなっているとは気付いていたが、面倒くさくて後回しにしてしまっていた。
 こんなことになるのなら、もっと早くに直していたものを・・・。
 後悔先に立たず。
 今更いってもしょうがない自分の過去に文句をつけ、とりあえず考える。
 もとより誰かに直してもらう、などという金のかかることは考えていないシドは、必要なものを調達することにした。
「蛇口は交差点脇のボロ屋敷から一個失敬することにして。スパナなんかが必要だな」
 シドは一つうなずくと、工具が入っているクローゼットを蹴り開ける。
 中を物色すると、それらしきモノを発掘したが、どういうことか、手先の部分が三分の二ほどなくなっていた。
「なぜだ?」
 首をひねるが、さっぱり思い出せない。
 とにかく。
 持つ場所のない工具では使いようがない。
「誰かに借りてくっか」
 シドは面倒くさいながらも、外出をすることにした。
 天気がいいので、濡れたまま外へ出て、服は自然乾燥ということにした。



「おい、ノリス! 開けろ」
 力任せにドンドンと扉を叩き、声を張り上げる。
 蛮行が祟ってきっと二日酔いであろうから、ちょっとやそっとでは起きないことを考えた上で、最初から手加減ナシで叩きまくる。
 そして、叩きまくること五分。
 死ぬほど不機嫌な顔をしたノリスが、床を這うようにして扉を開け、悪態をつく。
「朝っぱらから、くそみたいに元気に声を張り上げてるのは、どこのバカヤロウだぁ?  あぁ・・・っ? ふざけんじゃねぇぞ、死ね!」
 完全に座りきった眼で吐き捨てるように言うと、話もする気はないとばかりに、扉を閉じようとする。
「待て! くたばるなら俺にスパナを貸してからにしろ」
 鼻先で閉められる寸前、ギリギリで扉に手をかけると、力任せに引き開ける。ノリスも聞く気ないとばかりに引く。
 しばらくお互い意地で扉を引き合っていたが、二日酔いから醒めている分、シドに軍杯が上がった。
 荒い息のまま、痛む頭を抱え座り込むノリスは、馬鹿なことをして悪化した具合の悪さに早々白旗を振る。
「っ・・・っ。・・・で、テメェは何しに、来たんだよ」
「だから。スパナを貸せっていってんだよ」
 人にモノを頼む態度からは程遠いが、いちいちツッコミ入れるほど、今のノリスは体力が残っていなかった。
 とにかく、早く帰れ。
 それだけである。
「スパナぁ? んなもんねぇよ。・・・帰れ」
「何でだ。前あっただろうが。テメェんちのトイレは三軒となりのバーから取ってきたって言ってただろうが」
「いつの話だよ。三ヶ月前じゃねぇか・・・帰れ」
 一つ舌打ちして、また扉を閉めようとする。
 だが、シドも引かない。
 今スパナがないと、トイレすら危ういのだ。必死である。
「待て! 探すぐらいしろ」
 力任せに扉を開けると、うんざりした顔のノリスがモロ迷惑顔で説明した。
「先月バイクで遠出したとき、スパナでくそガキのヘルメットにヒビ入れたらそのまま彼方へ飛んでいってそれっきりだよ。リキにでも借りろ。一昨日ガイから借りて、昨日見たら入り口付近に落ちてたぜ。・・・帰れ」
「分かった。帰るから最後に一つ。昨日は何時ごろ帰った?」
「今日だ」
「は?」
「だから、今日だ。外から白々と日が差してきた頃、リキが潰れた。・・・死ぬかと思った。いや、きっとあと十分遅かったら死んでた・・・。あのままあそこで潰れていたらきっと殺されると思って、這ってでも帰った。ルークも、あのガイも、だ。だから、・・・ま。帰れ」
 疲れたように哂うと、今度こそノリスは扉を閉めた。
 きっちり鍵も閉めた。
 

 昨日の今日で、ここを訪ねるのはどうかと思ったが。
 リキの部屋の前で、しばらく逡巡する。
 二日酔いになっているのは間違いない、・・・と思う。
 問題は、機嫌である。
 罵倒されて追い出されるだけならいいが、開けざま、蹴りをくらって駄目押しで殴られるのだけは、勘弁だ。
 シドはけして力負けするような体格ではないが、ことリキに関しては、なぜか弱い。
 惚れた弱み、だろうか。
 つらつらと考えながら、起きていたら聞こえるであろう強さで、扉を叩く。
 ―――ノリスとは大違いである。
「・・・やっぱ、起きてるわきゃ、ねーよな・・・」
 こそりともしない部屋に、シドはため息を付く。
 そうなると、後はルークか?
 限りなく可能性の低い人間に借りに行くだけの労力がもったいないような気になった頃。唐突に扉が開いた。
「! リ、リキ・・・っ」
 ぎくっと、驚きのあまり硬直する。
 半ば諦めていたので心の準備ができていないシドは、降りかかるであろう暴力に身構えることもわすれ、凝視してしまった。
「・・・なんだよ」
 固まるシドに訝しげな声をかけるリキの機嫌は、いたって普通、のようで。ひとまず安心する。
「いや、実は、スパナを借りに、来たわけで・・・」
 しどろもどろながらも、要件を告げると、リキはあっさりと入れよ、と中へ進める。
「いや、借りにきた、だけ、だから・・・っ」
 また酒につき合わされるのは勘弁ッ! なシドは、顔を引き攣らせながら何とか機嫌を損ねないようにと、考える。
 しかし、リキはあっさりいなす。
「なんだよ、遠慮すんなって、ガイ」

 ――――――え?
  
「ガイ・・・?」
 何の間違いか、とマジマジとリキを見つめるが、本人はいたって本気、のようだ。
「昨日、中途半端なまま帰りやがるから、なんもできてねーけどな」
 普段、仲間内ではけして見せることのない、瞳を細め柔らかなクスクスッ、という笑い声を上げるリキに、しばし惚けたように魅入ってしまう。
 可愛い。
 冗談抜きで、実感した。
 最近は冷めた目ですべてを受け流すリキが、ガイの前ではこうも力を抜くのかと思うと、奥底からえも言えぬ嫉妬心が湧き上がってくる。
が。
 リキに入らないのか、と促され、扉を開けられる誘惑にすぐさま、そんなことは忘れ去ってしまった。
「い、今入るヨッ」
 咳払いを一つして、ガイの口調を真似て、返す。
 ・・・こんな、感じだよ、な?
 いけないと思いつつも、逆らえない。
 いつもガイが味わっているだろう至福に、思いがけず体験できるときがやってきたのだ。
 たとえ、話の最中に酔いが醒めてボコボコに殴られることになっても、今のこの体験を逃すわけにはいかないのだ。
 シドは腹を括ると、リキのあとについて部屋へと踏み出した・・・。



「リキ、昨日は沢山飲んだようだけど、大丈夫?」
 足元に転がる空瓶をさり気に足で退けながら、ソファへ腰を下ろす。
「あー・・・。起きたら頭すげーガンガンしてて起き上がるのも辛かったから、残りの酒を飲んで。したら、なんかスッキリした」
「!! へ、へぇ・・・っ、気分よくなったの。よかったねッ」
 向かい酒かよッ!
 夜、早々に引き上げた自分ですら二日酔いでグラグラきていたというのに。まあ、いまのこの状態を酔っ払いと呼ばずしてなんと呼ぶ、という感じのリキを前にして、それも愚問か、とも思う。
 内心、冷や汗を流しながら並ではない肝機能に感心してしまった。
「でも、あんまり無理はするなよ」
「なに? 心配してくれんのかよ」
 リキが覗き込むように見つめ、いたずらっぽく笑うのに、じわりと顔が赤くなっていくのを感じた。
 やばい、マジ可愛い・・・っ。
「当たり前だろっ。大体、あれだけ飲んでなんとも無いほうがおかしいって」
「悪かったな。お前だって元気そうじゃねーか」
「お、俺は考えて飲んでたし・・・っ」
 うわ・・・っ、顔! 顔近づけられると、マズイって。
 マジ勃ちそう・・・!
 シドはなんとか談笑しながらも、急速に高まっていく股間の高ぶりを押さえようと、膝をもぞもぞと動かし、身じろぐ。
 そんなシドに、目の前にいるリキが気付かないはずもなく。
「なんだよ。もしかして、欲求不満なのかよ」
「えッ!? そ、そんなこと、ないってッ!」
「ホントかぁ?」
 あせって首をぶんぶんと振るシドに、リキはニヤニヤ笑いながら左手を肩に置く。
 そして目線を合わせたまま少し屈み、右手の人差し指で、今にも勃起しそうな股間を下からツーッと撫で上げた。
「!!」
 ビックリした、なんてものじゃなかった。
 明らかに挑発するように撫で上げられた股間は、意志とは関係なくあっという間に勃起してしまい、リキに笑われた。
「〜〜〜〜〜っ」
 顔が焼け付くように、熱い。
 今までいろんなヤツと気ままにヤってきた自分が、盛りのガキみたいに、あっさりとおっ勃ててしまったことに、シドのプライドはボロボロだ。
「怒るなって。ちょっとからかっただけだろーが」
「別に、怒ってなんか・・・っ」
 そういっている間にもリキの愛撫は続いていて。今はズボンの上から、手のひら全体でもって刺激してくる。
「心配しなくても抜いてやるって。最近、バイソン立ち上げやら、なんやかやでヤっていなかったしな」
 どうやら、今のリキの意識は、過去へ行っているらしい。
 だから、昔のように話しやすい。
 自分の知っている、リキ、なのだ。
 シドがなんとなく感動している前にリキは屈み込むと、ベルトを外し、ジッパーを下げる。
 ジッパーの、ジジジッという下がる音と供に、
 いいのか!? 
 という少しの罪悪感と、多大な何ともいえない期待も膨らんでいく。
 あああっ、興奮する!
 ドキドキしながらリキが下着をずらすのを、腰を上げて手伝う。
 ズルッと取り出したモノはやはり勃起していて、先端からはぬめりが、今にも滴り落ちそうなほどだった。
「やる気満々、てか?」
 リキはちょっと呆れたように言うと、軽くしごき、おもむろに顔を鎮めてきた。
 く、口キタ―――――っ!
 驚愕のあまり、声さえ出ない。
 しかし、股間に温かい息が吹きかけられ、ぬるっとした暖かい舌が先端を含んだのを感じたときには、もう、叫んでしまいそうで。
「っっっ」
 シドは、慌てて両手で口を塞いだ。
 両手で竿を扱き、先端を含み、啜る。裏スジをねっとりと舐め上げ、竿を甘噛みする拍子に、犬歯に皮が引っかかり、思いのほか感じた。
 括れに歯を立て、喉奥まで飲み込むそのテクは、ほかの誰にもされたことのないほどの快感で、眩暈すらしてくる。
 硬派だと思っていたリキの、ハンパないテクニックに、裏切られた! と思うほどシドは翻弄されていた。
「・・・ぅ、リ、キ・・・っ」
 出るっ、とリキを呼びかけると、上目遣いにこちらを見やり、先端を吸い上げてきた。
「〜〜〜〜〜っく」
 あっという間に追い上げられ、口の中に吐き出してしまった。
 リキが目を伏せ、ん・・・と眉を顰めつつ、鼻を鳴らしながら精液を飲み下すのが目に入る。
 シドはあまりの衝撃の連続に身じろぎも出来ない。
 チュ・・・という音と供に、先に残ったモノも軽く吸い上げられ、唇が離れていく。そのとき、残滓が白く糸を引いたのを見て、シドはどっとソファに倒れこんだ。
「満足したかよ」
「・・・・・」
 満足した、なんてものじゃない。
 リキの、意地の悪い問いかけに、シドは無言で答える。
 感覚的にも、視覚的にも、サイッコーでした!!
 初めてのガキじゃあるまいし、と思う。が、これに逆らえるやつがいたら、拝んでみたいものだ。
 ガイ、羨ましいぜッ!
 今、ガイとはもうペアリングパートナーを解消しているはずなのだが、ここまでされると、信憑性も薄い気がする。
 だって、半端ないぜ、マジでよォ!
 手放せるわけ、ねぇだろうが。
 シドはぐるぐると考えつつ、上がった息を落ち着かせるように転がっていると、顔の横に手が置かれたのが分かった。
 
           ・・・つづく。

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