サンプル。

□『MonoMania』
1ページ/1ページ

「今日納品されるはずのガルダ星のペット、男一人、女三人。準備に手間取っているようだから、今日受け取って明日の昼過ぎに帰る、というのは無理そうだぜ」
 アレクは業者の要領を得ない報告に、うんざりしながらリキに手を振る。
 ガルダ星は最近取引先に加わった小惑星で、人種的に内向的なせいか今までそれほど外交をしておらず、排他的なほど他の惑星と交流を持ってこなかった。
 しかし、昨今の経済の事を考えるとそんなことも言っていられず、とうとう他の惑星を受け入れる事になったのだ。
 それでも開いたばかりの惑星はまだまだ前人類的で、このカーゴ・シップが飛び交う世の中で、いまだ油のエネルギーを使った乗り物が主流となっている。
 だから、低速の乗り物でペットを運んでいる業者はいまだ約束場所に着くことは無かった。
「こうなると焦ってもしょうがねーしなぁ。ボスに予定変更の報告が済んだらメシでも食ってくるか、リキ」
 リキはそんなトラブルなどいい加減慣れたというように肩を竦めると、エンジンを止めたカーゴ・シップまで歩いて行く。



「どうやら、待たされているのは俺達だけじゃないみたいだな」
 リキはぐるりと首を巡らせ、ざわめく食堂を見渡すと、自分達の他に6組の業者がそれぞれ固まって食事をしているのが目に入り、呆れる。
「ここは他の惑星と、唯一取引をするのを許された『場所』だからな。食品、雑貨、俺達のようにペットとか、それこそなんでも取引するから、準備に手間取っている。早く人数を増やすかプログラミングを強化しないと、絶対に立ち行かなくなるぜ」
 アレクも呆れているのだろう、見るな見るなイライラするだけだからと鼻を鳴らすと、注文していた朝食に齧り付く。
 本日のメニューはホットドッグである。
 ふわふわのパンの表面だけをカリッと焼き、ほの甘い香りをたて開いたパンの中には、熱々の太いウインナーを挟んである。
ウインナーは手作りで、噛むと皮が子気味良い音を立ててはじけ、中からたっぷりの肉汁が溢れ出す。脇には新鮮なサニーレタスが挟まっていて、しつこくなりがちな味をうまい具合に緩和していた。
 表面には荒く刻んだたまねぎと濃厚なケチャップが合わさった、酸味の利いたものがたっぷりとかけられ、香り高いマスタードが脇を添える。
「・・・・でも、ここの惑星は、食い物だけは美味いんだよなぁ」
 アレクは唸るようにホットドッグを凝視すると、色々な角度からためつすがめつ確認する。
 味を研究して、自分で作るつもりなんだろうか。
 リキは真剣に悩むアレクに呆れた視線を向けると、自分もホットドッグに齧り付く。
―――本当に美味い・・・。
 カーゴ・シップに乗っている間は、簡易食のゼリーや固形フード主なので、こんなにしっかりとした食べ物は本当に久しぶりのような気がする。
 それほど食に関心を持った事はないし、簡易食でも不自由を感じた事はないが、こうして美味しいものにありつき堪能すると、食に人生をかけるヤツがいるというのも頷けた。
もしアレクが作るなら分けてもらおう。
 作る気はさらさらないが、あるなら食べたいリキはそう図々しく心の中で頷くと、黙々と食を進める。
 そんな二人の前に人間が一人近づいて来た。
 薄いブルーグレイの作業服に身を包み、胸元には青い社員証を付けている。
 ここ、ガルダ星の社員である。
 二人は無言でその人物を見つめると、その人は惑星アモイの方ですか、と変に甲高い声で話しかけてくる。
「予定していた商品ですが、明日18:00到着と連絡を受けました。ですので、すいませんが今日はこちらで泊まってください。宿泊場所は用意させていただきました」
「・・・わかりました。では、部屋のキーだけ預かります。場所は暇つぶしがてら探すんで」
 アレクは淡々と手を差し出しながら、キーを促す。
 その人は一瞬押し黙ると、しぶしぶキーを取り出し、アレクへと手渡す。
 では、失礼しますと一礼して去っていく後姿を、二人は無言で眺める。
 1メートル、2メートル・・・・
 5メートルが限界だった。
 ぶはッ!!!
 二人は示し合わせたかのようにタイミングよく吹き出すと、腹が捩れるほど笑い出す。
「・・・ッ・・・・ッ、な、なんだ、アイツ!! 出来そこないのシンクロ選手みたいな頭して! しかも珍しく女を見かけたと思ったら、あんな・・・ッ!! ひ〜ッ! 腹がいてぇッ!!」
「信じらんねーッ、化粧が、壁だ・・・ッ! 目蓋なんか眉毛ギリギリまで濃い茶色で塗りたくられて・・・。こけしか?」
「お、古い例え持ってきたな。じゃあ、俺はハニワ、だ」
「じゃ、兵馬俑」
「おいおい、それはどっちもどっちだろ〜」
 二人は周りの迷惑を顧みず、笑い倒すと身体を落ち着かせるように一口スープをすする。
 それにむせるアレクを見て、リキは更に笑いが込み上げてくるが、なんとか腹筋の力で押さえ込む。
「あんな人間もホントにいるんだな」
「ああも凄いと女として認識できなくなるから凄い。リキ、女に免疫がないからって襲うなよ」
 からかうアレクにリキは心底嫌そうな顔を向けると、ありえないだろ、と鼻を鳴らす。
「そういうなら、欲求不満なアレクが、だろ」
「冗談。おじさんはこうみえてグルメなんです。食当たりになると分かっているものを食うほど飢えちゃいないんでね」
 大人の余裕を見せ付けるように仰け反るアレクに、醒めた視線を向けると、リキは会話を打ち切るようにもう一口スープを口に含む。
「でも、気を付けろよ。襲うのはありえないとして、襲われることはあるかもしれないからな」
 いきなり真顔で声を潜めるアレクに、まだ言うのかと眉を顰める。
「いや、ジョークじゃねーって。あの女の視線、ずっとお前を追っていただろうが」
「・・・まさか」
 ありえないと思ったが、あのときは顔に驚き、ずっと視線を向けられなかったから、本当の事は分からない。
 しかし、人生経験が無駄に豊富なアレクがこう忠告するのだ。心に止めておいたほうがいいのかもしれない。
「でも、まあ、気を付けるさ」
 リキは了解と返事をすると、アレクとともに食堂を後にした。



 その後、することのない二人はブラブラ部屋を探すと、キーに書いてある101号室を見つけ、部屋を開ける。
「おー、ツインだが、左右にそれぞれ個人で荷物を入れられるクローゼットがあるんだな」
 アレクは感心したように部屋を見渡すと、じゃ、俺は左な、と早々にベッドにダイブする。
 何が、大人だ・・・。
 リキは呆れたように喜ぶアレクを見つめると、こだわりなどないので、右のクローゼットに荷物を置く。
「する事がないなら、シャワーでも浴びてこいよ。ここは『大浴場』ってものがあるらしいぜ」
 リキはクローゼットに貼られた館内の案内に目を通すと、聞きなれぬ場所をアレクに進めてみる。
「大浴場? ・・・ってアレだよな。大きな皆で入る、風呂」
「皆で? なんでわざわざ大勢で入る必要があるんだ?」
 リキは訝しげに尋ねるが、アレクはそれが裸の付き合いってヤツだと訳の分からないことを言うばかりで、少しも要領を得ない。
「ま、入ってみればその醍醐味ってモノもわかってくるさ」
 アレクは笑い、リキを一緒に入るか、と誘うが、その時ハッとようやくそのことに気が付いた。
 リキは、とてもそそるのだ。
 リキを弟のように思っている自分との二人だけなら間違いを起こさない自身はある―多分―・・・が、もし他の惑星から来た荒くれ共と鉢合わせでもしようものなら、どうなるかわからない。
 弱肉強食なケレスで育ったリキが男に免疫がないとは思わないが、プライドが高く、潔癖のきらいのあるリキが誰でも構わず相手をするともアレクは思っていなかった。
 もし大浴場であの細腰を惜しげもなく晒し、赤く染まった肌が湯につかるのを見てしまったら・・・、―――確実に何人かは血迷う人間が出てくるだろう。
 腕っ節でリキが負けるとは思っていないが、欲望を持った男が一度で諦めるとは思えない。
 面倒は、避けるに限る。
 アレクは思いなおすと、訝しげながらも入浴の準備をするリキに慌てて でもな、と半笑いを向ける。
「人数が多いと、湯の質が悪くなる、かもな〜。止めたほうがいい、かもな〜」
 視線を彷徨わせながら大浴場って、どうかな〜、と白々しく言い始めるアレクに、リキはいよいよ不審げな視線を向けると、そのときタイミングよく部屋をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
 リキはチャイムもないのかと呟きながらドアを開けると、そこにはあのハニワ(既に二人の中で定着した)が笑顔で立っていた。
「今日の夕飯は7:00〜9:00となっていますので。これが食券になります」
 ハニワはリキに食券を差し出しつつ、生暖かい自分の手でリキの手を握りこむと、やんわり撫で擦ってくる。
 リキはゾッとして慌てて手を振り払うと、分かったというように何度も頷く。
 ハニワはリキに にたりと笑うと、では失礼しますと部屋を去っていった。
「・・・な、だから言っただろう」
 アレクは気の毒そうにリキを眺めると、リキは呆然と頷きながら触られた手をズボンに擦りつけ、感触ごと拭い去ろうとする。
「このままだと、大浴場にも現れる、かもな〜。部屋のシャワーにした方がいいぞぅ」
 ついでとばかりにアレクは風呂も牽制すると、リキは青褪め、無言でシャワールームに向かっていった。
 アレクはホッとため息を着くと、ドアにカギを掛け、キッチリチェーンまで掛けた。

・・・つづく。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ