サンプル。

□『七夜』
2ページ/9ページ

『ニ夜』

【present】

ズボンのジッパーを上げ適当に身繕いをし、軽い挨拶をして部屋を出ると、外はもう日が高くまで上がっていた。
 時間を確認すると、もう12時過ぎている。流石に寝すぎた。
 だがそれでも、十分すぎるほど情報は手に入ったと思う。俺は脳内で情報を確認する。

 殺された子供の親とワイズマン家以外のその友人の親の銀行口座から、多額の金が当人によって下ろされている。
 皆理由を語ることは無かったが、どうやら示談金ではないか、ということだった。
 示談金。
 一体、誰に対する示談なのだろうか。―――唯一金の動かなかったワイズマン家、と考えてしまうのはむしろ当然な気がした。
 あの脚の怪我と関係があるのだろうか。

 それともう一つ、事件が始まる少し前に、少年らの担任教師が教員を辞職し、田舎へ帰ったということだ。
 これも理由は公には親の介護ということになっているが、どうやら裏があるらしい。

 ・・・調べてみる必要があるな。
 俺はもう一度学校前の喫茶店へ向かうと、よく喋る女子のグループに目をつけ、殺された少年たちの話を聞いてみる。彼らはどんな性格だったのか、と聞くと皆一様に『普通』と答えた。突出したものは無いのだろう、同じ年でありながら思い出せることは特になく、彼らの性格としての情報は大して得られることはなかった。
 次に、担任の教師についても聞いてみるが、優しい数学教師以外の情報は無いようだ。辞職理由も件の『介護』で理解しているらしい。
 なんだ今日は空振りか、と内心落胆しながら、俺は最後にダニーについても聞いてみる。と、
「―――――」
 先日と同じくまたしても生徒達は一瞬にして口をつぐみ、意味深に目を見交わすと「休学している」、とだけ答えた。
 ・・・これは、なにかあるのは間違いない。
 俺は縋り付く思いで、噂でも良いからなにか教えてくれないか、と頭を下げ懇願すると、その必死な様が面白かったのか、生徒達はプッと噴出すとここだけの話だからねと前振りをした後、頭をつき合わせ、ひっそりと囁いた。
「本当か嘘か知らないけれど、あの子、ちょっと前に男子の間で―――――って呼ばれてるって噂あったんだ」
「!?」
 俺は驚愕に目を見開くと、絶句したまま、あの綺麗に微笑むダニーの姿を脳裏に思い描いていた。
 あの子が、何故・・・。
俺は動揺を隠せず視線を彷徨わせたが、噂と真実に齟齬があるかもしれないと自分を納得させると、そう呼ばれるようになった経緯について生徒達に詳しく問い質した―――――


 ワイズマン家、正門前。
「―――――」
 俺はしばらく仁王立ちで豪邸を凝視していたが、覚悟を決めると門番へアポイント希望を告げる。昨日で顔を覚えられたのか、再度身分を尋ねられることは無く、しばし待つように告げられた。
 夜の7時過ぎ、と、遅い時間ではあったが了承を得られたようで、昨日と同じく、門番とメイドに連れられ部屋へと案内された。メイドは恭しく扉を開ける。
「・・・・・っ、ぁ」
 重厚な扉の向こう、昨日と同じようにダニーはソファへ座っていた。俺は内心の葛藤は兎も角、気軽に挨拶をしようと思ったのだが、彼の横にリチャード氏を発見し、ぎくりと身を強張らせた。
「ダニー、少し上を向いて」
 扉が開いたことに気付いているだろうに、二人は俺に視線を向けることもなく向かい合い続けると、リチャードは解けていたダニーの襟元のリボンを綺麗に結び直し、乱れを直すように裾を整えた。
「いらっしゃい、記者さん」
 そこでようやくダニーは俺に笑顔を向けると、向かいに座るように促す。俺も我に返り、突然の訪問に遠慮深く声をかける。
「また遠慮なく来てしまったが、邪魔しただろうか」
「、また来てって言ったのは僕のほうだよ。なにか見つかったんでしょう、座ってよ」
 無言で見返してくるリチャードに俺は慄きながらも、促されるまま向かいのソファに腰を下ろす。
「昨日と同じ服だね。仕事、一生懸命頑張る人なんだ」
「あ・・・そう、だな、仕事忙しかったんだよ」
 ダニーに笑顔で指摘された俺は、背中にドッと汗をかく。
 まさか、女を買ってそのまま来たから、なんて言えるわけが無い。
 冷や汗混じりにしどろもどろ返答する俺にリチャードは目を眇めると、返す目でダニーに優しく問いかける。
「お友達かい、ダニー。私に紹介してくれないか」
「うん。聞いたかもしれないけど、昨日家に尋ねに来たフリーの記者さんなんだ。・・・あの殺人事件を追ってるんだって」
 名刺はあそこ、とダニーはひとさし指を軽く振ると、リチャードの背後からスッと名刺を差し出す手が現れた。
「―――――」
 メイドが無言で名刺を差し出している。
 そんな態度にもリチャードはなんということも無いように、視線すら向けずスッとメイドの手から名刺を抜き取ると、名刺の上を軽く流すように一瞥する。
「ポール=フィッシャー、フリーの記者、か。成る程、それで『記者さん』か。では私もそう呼ばせていただいても?」
 微笑を浮かべて問いかけているが、透けて見える嘲笑交じりのその呼び方に俺は拒絶反応を起こしそうになったが、生憎口答えを許さないようなオーラを見せる相手に、無謀に出て行くことは出来なかった。頷く俺に、リチャードはそれで、と鷹揚に切り出す。
「私の弟に用があるそうだが、一体何の用件だろうか」
「あ、その、2、3、確認させていただきたいことがありまして・・・」
 俺は『そのこと』を切り出すのをしばし躊躇してしまったが、カードを切らないことには前には進めない。俺は腹を括ると、視線でダニーを捕らえ、静かに問いかける。
「ダニー。今日、君の学校付近で聞き込みをしたんだけど―――聞き難いことを聞いてもいいかい?」
「・・・何?」
 俺は一つ深呼吸をすると、単刀直入に切り出した。
「君は、休学前、男子生徒の間で密かに『公衆便所』と噂されていた。それに殺された生徒は係わっていたのだろうか」
「―――――」
 ダニーは目を見開くと、小さく息を止める。
 動かなくなると本物のドールのようで、痛々しいながらもどこか現実味の無い姿に思え、俺も知れず息を詰まらせる。
 それでもしばらくすると整理がついたのか、ダニーは小さく息をつき悲しげに瞳を伏せると、リチャードの肩に顔を伏せギュッと手のひらを握り締める。リチャードも痛ましげな顔をみせるとダニーの肩に腕を回し、守るように彼をしっかりと抱きしめた。




                        →
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ