Rot U
□In der privatzeit〜2人の時間
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協会での任務が終わるやいなや、グレルはわき目も振らず葬儀屋の元にすっ飛んで帰って来る。
葬儀屋が、仕事で教会や墓地に出向く時はともかく、店内で何かしらの作業をしている時は、常に2m以内にぺったりくっ付いていた。
ただし。
くっ付いているとは言っても、実際それは、文字通りの意味しか持っていなかった。
お帰りや行ってきますのハグ&キスは、恋人としてヤッておくべきことだし、ヤらなきゃ気がすまない。だが、それ以外のスキンシップを自分から仕掛けるのは、けっこう難しい。
可憐に、初々しく、でもとびっきり色っぽく、あくまで自然に、触ったり密着したり、舐めたりかじったりしたいのだ。
グレルをとことん甘やかしてくれる葬儀屋だから、少しくらいヤリすぎたり、無様だったりしても、笑って受け流してくれる気は、する。
(でも、それじゃあアタシは……ドジっ子お子ちゃまマスコットキャラの設定が固定されちゃうじゃないの!)
仕事の邪魔をするほど幼稚ではない。ヤルことしか考えていないような淫乱さは、徹頭徹尾、隠しておきたい。
はるか年下で、若くてピチピチの健康的さわやかフェロモンで、彼をトリコにする大人の女になって、のべつ幕なく彼の方から求められるのが目標なのだ。
そんなハードルの高い野望に、軽くため息をつく。そんな毎日が続いていた。
「アンダーテイカぁっ! 足の爪を切ってるのッ?!」
店舗の2階にあるリビングの椅子に腰掛けて、片足を持ち上げている、エルミタージュ美術館に収蔵された名画から抜け出てきた神話の神が、市場に野菜を買いに出かけるような光景に、ハイテンションで声を張り上げて駆け寄って来る。
「それなら早く、アタシに言ってヨ!」
こんな機会を逃してなるものか。葬儀屋の体に公然と大義名分をもってペタペタコテコテ触っていられる、「爪切り」という一般常識に照らしても非の打ちどころのない千載一遇のチャンスなのだから。
この際、大人は爪切りくらい自分の手でするものだという一般常識は封じ込めて。爪を切る機会など、この先いくらでもあるという当たり前のことも置いておいて。
「切ってあげるワ。はい、そっちの足を出してチョウダイ」
すっと足元にひざまずくのは、執事を経験したから自然にできる。刃物の扱いにだけは長けているから、ちょんちょんと爪を切り、切り口をヤスリで整えていくのもたやすい。
ぐるぐる妄想プランをめぐらせていたのがウソのように、実践的で家庭的にお世話をする自分は、何と可愛い恋人だろうか。
葬儀屋のほうも、最初のうちこそ軽く引いたものの、すぐにそんなグレルを面白く、可愛らしく思うようになった。
足の爪を切るとか、カカトの角質を除去するとかなら、お互いに相手の世話を嬉々としてするようになっていた。
葬儀屋の店舗兼住居は、もともと一人暮らし仕様なので、目隠しになるものがない。
レディとして、ムダ毛処理をする時などは、さすがに見られたくないから、死神寮の空き部屋を占拠して、葬儀屋に見られる可能性を徹底排除している。
それにしても。
「足の指なんてキッチリ手入れする男はいないと思ってたワ」
葬儀屋は、グレルが手を下すまでもなく、きれいに整った足先と爪とを持っていた。わずかに、伸びた部分を切るだけの、簡単な手順しか必要ない。
「神体(ジンタイ)の機能と構造は、興味深いものさ。神秘の塊だからね。手始めに自分の体くらいは把握しておくさ」
「もうッ! どこからどこまで、カンッペキに超絶テライケメンなんだからぁあ!」
前髪の奥には空前絶後の美貌が、他人の好奇の目を避けて眠っているのを、グレルは知っている。
いま、目の前で小さく蠢くのは、血が通っていることさえ疑わしいほどの病的に白い爪先だ。
(おいしそう……)
一瞬、頭に浮かんだ言葉に自分で驚いて、レディにあるまじき好奇心と欲望とを必死でかき消す。
それでも、肉食獣のごときイイ男センサーが、本能で察知する。
つまり、葬儀屋は、頭のてっぺんから足の先まで、髪の毛1本、爪の垢にいたるまで「イイ男」なのだ。
その発見は、新しいものでも何でもないが、グレルの脳内のお立ち台にそびえ立って、存在を主張しまくってくる。
でも、さすがに言えない。
(舐めてイイ? キスしたいの。 触らせて……って、もう触ってるわよネ。じゃあ、匂わせて、嗅がせて……いやああ! 間違いなくドン引かれちゃうワッ!)
ありのままの本音なんて言えるわけがない。行きずりに、多少イカした男にモーションをかけるのとはわけが違う。
「どうかしたかい?」
「ううんッ! 何でもないから、アタシに体重かけて、身をゆだね切っちゃって、リラックスしまくってて!」
必死になって意識を逸らして、思いつきで言葉をつなぐ。
「ね、赤いマニキュア、塗っていい? いいでショ、どうせ人前で靴を脱いだりなんかしないんだもの」
そんな発言にドン引きして辟易するのは普通の男。葬儀屋は、ほんの数秒間だけポカンとして、その後すぐに面白そうに笑い出す。
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