位相転移

□Die letzte Blume〜最後の花
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アルファとは、「飛びぬけて容姿に恵まれて、能力と統率力を兼ね備えた秀でた存在」と定義される希少種だ。「性」ゆえに悩まされることなく、黙っていても社会で成功し、栄光を手に入れられる。

「そんなヤツ、辺境にはもちろん、就職して王都じゅう見渡しても見つからないんだもの。オメガが太古の名残の生き残りだって言うのなら、アルファはもはや伝説の生き物。実在してないんだワ、きっと」

死神界を知らないアンジェリーナにも、何となく想像できた。己のあずかり知らぬところで定められた己の「性」が原因だなんて、理不尽にもほどがある。そんな思いをする者が身近にいたなんて。医学の力をもってしても、何もしてやれないなんて。そう考えていると。

「もしアルファが実在するとしたら……マダムみたいなのかもネ」

焦点が定まらない瞳で、グレルが息を吐くようにつぶやく。

「何よ、おだててるの?」

「だってマダムは美人だし、社交界でも大人気で男どもを何人も下僕にしてるじゃない。それでいて特定の男とどうにかなるコトもないし」

おしゃれに上流階級に下ネタに。アンジェリーナは、グレルが欲しいものをたくさん与えてくれる。

アルファとオメガが出会ったら、瞬間的に運命の相手だとわかると言うが、グレルだってアンジェリーナを初めて見た時には、体中に電流が走るのを感じたものだ。

そうでなければ、「切り裂きジャック」の片棒など担がない。これが運命なのだと、確信している。どういう運命なのかは、わからないけれど。

「どうにもならないのは、私がこんな体だからよ。知ってるでしょ」

いかに外見的には麗しい大人の女の姿であっても、事故で女としての器官を失った不完全な体なのだ。

「そんなコト関係ないわヨ。マダムはマダム。イイ女だワ、間違いなく」

不思議だ。こんな稚拙な褒め言葉、いまさら何とも思わないはずなのに。手を変え品を変え、アンジェリーナを落とそうと群がって来る男たちを、いつも軽々とあしらっているというのに。

「私、女であることは確かだから、あんた好みのイケメンみたいなコトは出来ないけど」

グレルの膝に指を這わせる。発情を持て余している若い体を、多少なりとも冷ましてやりたい。

「触診させなさい。大得意なの。オメガの体がどんななのか、学術的に考察するための検体になってちょうだい」

重苦しくならないように宣言して、さっさとグレルの下衣をくつろげていく。

グレルは羞恥で真っ赤になりながらも、制したり暴れたりはしなかった。アンジェリーナの繊細な手つきは不快でないし、アンジェリーナの上質なフレグランスのラストノートは甘くて柔らかい。

それでも。いつものグレルなら、跳ねのけたかもしれない。

今は、特別だ。

ヒートでぶっ飛んでいる時くらい、2人でイケナイことに耽っても良いだろう。

それでなくても、2人は「秘密」を共有する「共犯者」で「共謀者」なのだから。

そんな気にさせられるのも、グレルが発するオメガのフェロモンにあてられているせいかもしれないが。

アンジェリーナだけでなく、グレル自身も、あてられているのだろう。

「オメガはココが小さいって聞いたことあるけど、そこそこのサイズね」

露わになったソレをふわりと持ち上げて、まじまじと観察する。

「何ヨ、それ。せめて形がいい、くらい言ってよネ」

恥ずかしさのあまり、グレルは視線を泳がせる。

「あら、ピクッと動いたわ、このボウヤ。可愛い」

「よ、よしてヨ……んッ、んー……」

親指と人差し指でこすってやると、少しくぐもった声を出す。人間の男と変わらない。当たり前で、普通だ。

しかし――――いや、だからこそ、己の手に酔って高まってゆく若い欲望を、純粋に好ましいと思う。

その一方で。

(私みたいなのに、この子をこれ以上、巻き込むべきじゃないわね。私に関わった人間は、みんな悪魔に魅入られたみたいに不幸になっていくんですもの)

アンジェリーナが否応なしに享受せざるを得なかった己の悲しい運命。こんな目に遭うのは自分だけだと思っていたのに。

だから、せめて。今してやれることくらいは。

「手よりも……口の方がいいかしら? まったく違った感触で、新しい扉が開けるわよ」

そんな楽しい提案を持ちかけると、しかしグレルは固まってしまった。

「それは……ダメ。キスは、恋人同士じゃないと」

「キスって、コッチへのキスもカウントするの?」

「唇を付けるのはキスでショ。それヤっちゃったら、触診じゃなくなっちゃう……そうでショ、マダム」

この期に及んで、それを言うのか。それに。

「アンジェリーナよ。ムードないわね」

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