Gruen

□Heimlich blicken〜垣間見〜
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私はアーサー・W・トール。

画家として、友人と親類と横丁では知らぬ者のない存在です。画廊を営んでいますのは、趣味といったところです。
まぁ・・・私も生活するには何がしかの収入が要りますからね。



私が長年住んでおりますノクターン横丁は、ロンドン市内でもいささかミステリアスなエリアでしてね。

ゴーストを見かけるだけにとどまらず、自宅の屋根裏に居住権を容認している方のお話など、いまさら珍しくもないほどです。


尤も、誰にでも見えるわけではなく、物質的証拠もない場合がほとんどですから、どこぞのように観光資源にはなりません。その恩恵で、横丁の昔から変わらぬ平和が保たれていると言えるでしょう。



ただ、ですね、海を隔てた大陸には、バベルの塔さながらのエッフェル塔なる人工物が建てられたといいますし、この横丁にも、ゆくゆくは地下鉄の路線を伸ばして近代化の波を引き寄せなければなりません。

そのためには、横丁ならではの名物・名産・著名人が必要なのです!




そこで私は、人気店の店主であらせられる葬儀屋さんに白羽の矢を立てました。

「気付いた時には店を構えていた」とみなが口を揃えて言うお方です。独特の風貌と風格と人望でもって、澱んだロンドン市政に風穴を開け、国際都市として更なる発展を担う先鋒になっていただきたいのです!!


常日頃、懇意にしていただいている人形店のご主人――こちらは元々マンダレー伯爵様が経営なさっていたお店で、現在の店主の素性は存じ上げないものの、上流階級の出でいらっしゃると思われます――ともお知り合いのようなので、不肖・私もお仲間に入れていただくべく、ご挨拶に伺いました。




「君くらい饒舌だと、並の人間には受けるだろうねぇ」


それが、自己紹介を一通り終えた私へのご返答でした。


私がどんなに弁舌を揮っても、張り付いたような口角の上がり具合は微動だにしません。


「小生好みの笑いでないのが残念だよ」


そう言って、骨壷から何かを取り出してポリポリかじっていらっしゃるばかりでした。


しかし!私は、それしきのことで諦めたりはしません。

粘り強く何度もお邪魔しているうちに、骨壷の中身が手焼きのクッキーであると聞き出すことに成功しました。

いつの日か、ご相伴にあずかってみせるのが、さし当たっての目標です!




ご店主殿を市議会議員に当選させ、助手のお嬢さん―――こう呼ぶのが意に叶うようですからね。呼び方など、何でも構いません。目的達成のためなら。そう、お嬢さんをモデルに健康促進ポスターを描き上げて、コンクールで優勝すれば、私がロンドンの名誉市民に選ばれる道も拓けるというものです。


これまでの画家は、オリジナリティ溢れる斬新な作品でアウトローの道を進み、不遇のまま生涯を終える者が多数派でした。

だから私は、芸術家として大成するより、社会のためにこの身を捧げることを選んだのです。嗚呼、神もさぞかし褒め称えて下さることでしょう!






その朝、お店に伺ったのは、自分の仮説を確かめるためです。葬儀屋さんがお一人の時と、お嬢さんが外のお仕事に出かける時と、お店を手伝っていらっしゃる時と。様々なパターンの頻度を方程式にして計算した結果、このタイミングを見計らって来たところ、ぴたりと当たりました。大学で数学を学んだことが役立ったのです。



「なぁに、アンタまた来たの?」


玄関口に打ち水をしながら、お嬢さんが下がり気味の眉をひそめます。

「これはお嬢さん、朝からご精が出ますね。いつも赤い神父服がお似合いで。レディ・レッドとでもお呼び致しましょうか」


「―――その呼び方はヤメテ。普通に『お嬢さん』でいいわヨ」


おっと、何か心の琴線に触ることを言ってしまったようですね。

仕切り直しましょう。


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