Rot
□送死葬愛(前)
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〈序幕〉
「え?変死体だって?」
近在の者たちから報告を受けて、葬儀屋はそこに出向いた。
医療水準が低く、犯罪の検挙率が低く。変死体など辻辻に転がっている状態に慣れているロンドン市民。
そして大都市ならではの寛容な無関心を身に付けているロンドン市民。
彼等が処理しきれないものを引き受けるのが、葬儀屋の生業だ。
貴族階級より庶民の方がはるかに死に近い生を送っているので、葬儀屋を頼ってくる。
彼が求める「極上の笑い」をくれる客は滅多にいないが、それなりの報酬を得て、それなりに街の中に溶け込んで暮らしている。
「どんなお客さんか、楽しみだねぇ」
街外れの花畑だった。一面に咲き揃ったひなげしの花。そこに横たわる変死体。
息はないが、血色は良い。
「何だか気味が悪くて、手が出せないんだ。放っておくわけにもいかないし、頼むよ葬儀屋さん」
気味が笑い、ねぇ…そいつは時に誉め言葉だよ。
神仏の像は人間に似せてあるが、どこか異質でいびつ、グロテスクと言える様相まで露呈していることがある。
人間の言葉遣いってやつは曖昧だよ…
ほら…こんなに綺麗な変死体じゃないか…
葬儀屋は、その変死体を店に持ち帰り、市民からいくらかの報酬を得たのだった。
昼なお暗い店の中。
時に飛び込んでくる極上の客。
それは、何にも替えがたい笑いをもたらしてくれる。
その至福を思えば、死神管理官の地位など固執するに足らない。
「さて、お次は…」
慣れた手つきで客を捌き、葬儀屋はその棺に手をかけた。
覆い被さるように覗き込み、楽しげに口角を上げて語りかける。聞こえるはずもないのに。
「この死体はイマイチ…いやイマニだねぇ。口元に締まりがないよ」
そう言うのと同時に。
その唇に口付けを落とす。
「ギャッ!何すんのヨーーーー!!」
次の瞬間“変死体”の、悲鳴でなく太い声の怒号が響き渡った。
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