Rot
□昼下がりのバニラフレーバー
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「…はぁ…っ」
吐息とともに唇が離れる。
すっかり馴染んだ互いの唇。その安心できる感触が欲しくて。
今日は何度口付けを交わしたことだろう。
「…何回めか忘れちゃった」
少しの羞恥心と。
少しの欲望と。
昼日中。店の出入口のすぐ前でこれ以上の行為に及ぶなど。
「…あなたの匂いが口の中に残ってるワ…」
グレルが未だ惚けた瞳で呟き、自分の唇に舌を這わす。
その様を見て葬儀屋は、
「煽ってくれるねぇ」
「ぇ、やん、っ」
葬儀屋の手が首筋を這う。襟元に人差し指が差し入れられる。
「あ…リボン…」
「ん?」
「リボン、結んであるから…」
「何だい、その先は?」
面白そうな調子で問うてみると、
「あの、えっと、ほどかなきゃ邪魔、じゃなくて、ほどいたらまた結ばなきゃならなくて、あの…」
葬儀屋の髪に隠れた瞳が緩む。
「君って子は。そんなに緊張して体を強張らせているくせに、リボンの心配かい」
グレルは自分でも何が言いたいのかわからなくなって、頬を染める。
考えてみれば。
リボンをほどいて衣服を緩めて、その後は…自家中毒状態でますます赤面するグレルだった。
寝食を共にしているが。
口付けは数え切れないくらい交わしたが。
それ以上の行為に及んだことはない。
(リボンって自分でほどくの?シャツのボタンは?ああ、そんなこと、ヤル気満々に自分からなんて、アタシにはできないわ!!かと言って、マグロになってるだけじゃウブな小娘気取りの女と変わらないし。それにそれに、棺じゃなくてベッドがある部屋まで、歩くワケ?二人で並んで歩くの?どんな顔して?も、もしかして、お姫様抱っことかされちゃったりしちゃうの?!!最近、体重増えちゃったし)
グレルの緊張が好奇心と期待と不安に変わっていくのが目に見えてわかる。
信号機のような感情の起伏は若さの特権だ。いつまで見ていても飽きることがない。
葬儀屋にとっての極上の笑いである。
「いくら小生だって時と場所は選ぶから、安心おし」
「…はぃ…」
消え入るように言って、グレルは俯く。
安堵したのか、がっかりしたのか。
両者が良い加減で入り交じっているのも葬儀屋にはお見通しだ。
(飽きないねぇ…長いこと味わっていなかった、至上の笑いだよ)
ますます面白くなって、鼻先をペロンと舐めてみる。
「あン…」
不意のことにグレルはまた声を上げる。
「夜になって。シャワーを済ませて。それからベッドで…
手順は大事だろう?」
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