位相転移

□Pulsschlag〜脈拍〜
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〈設定〉不測の事態で降格処分を受けた、死神派遣協会の問題児グレル。上司である銀色の管理官は……





「サトクリフ先輩っ。宴会があるんスよ。来て下さいよぉ」


珍しく後輩のロナルドが誘いかけてきた。

出席する宴会はこのところ死神派遣協会では厄介な業務が相次ぎ、死神たちは有無を言わさず残業せざるを得ない日が続いた。

それが一段落した今夜、インペリアル・ホテルを貸切にして、しかも会費は不要、すべて経費で落とされるという。過剰労働に不満の声が上がる前に口封じをしておこうという姑息な手段ではあるものの、百年に一度あるかないかの機会なので、グレルは出かけてみることにした。


(あのロナルドでさえ、無料で飲み食いするのは見過ごせないのネ。アタシも、顔くらいは出しておきまショ)


先日、ちょっとしたトラブルを起こして降格されたばかりで、さすがのグレルも行動を慎んでいた。

下働きとして地味な任務に充てられることが多くなったため、ストレスも溜まってくる。
それでも、周囲の死神に軽んじられるのは嫌だし、腫れ物に触るように気を遣われるのも嫌だった。





(久しぶりネ……こういう席は)


スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツのボタンを全開している者さえいる。


(マナーも品格もあったモンじゃないワ……やだやだ)


いつもお堅いウィリアムでさえ、マイクを握って何やらセリフ入りの曲を歌っている。それが、グレルの姿を認めた途端にぱたりと止むのだから、余計にモヤモヤした気持ちになる。



(やっぱり来なきゃ良かった……)



ホゥ、とため息をつくグレルの背後から、ぶしつけに伸びてくる手があった。



「サトクリフせんぱぁい〜いらっしゃい。さ、ガンガン飲みましょー」


胸元のリボンに手をかけて、ほどこうとする。


「ちょ、ロナルド、よしなさ…」


「へへっ、滅多にないタダ酒、しかもお上支給の高級ワインやブランデーがたくさんあるんスよ。こんな機会に飲みまくっておかないと〜」


へろへろしながら、なおもグレルに絡んでくる。


「先輩だっておんなじっしょ?減給されて贅沢できないし、慰めてくれる恋人もいない。
だから、ノコノコこんなとこまで出てきたんっしょ?」



ガシュッツ



「馬鹿にしないでちょうだいッ!

アタシをそんな安いオンナだなんて思わないでよネ!!」



振り返りながらパンチを食らわせ、高い声で怒鳴るグレルに、案の定、皆が注目する。


(まったく・・・仕方のない方たちですね)


ウィリアムは、ロナルドがからきし酒に弱いことも、それが合コンでは女の子をお持ち帰りするために酒量を控えめにしていることに起因しているのも知っていた。
そして、今のグレルが後輩を笑ってあしらえるほど成熟したメンタリティを持ち合わせていないこともわかっていた。


(これは……一荒れするでしょう)


制止する労力が惜しいので、ウィリアムの意識は、既に後片付けを迅速にすませることに向けられた。



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