位相転移

□Kinder und Hausmaerchen〜子どもとおうちの御伽噺
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「この者が、どうしても野ヂシャを食べたいとわがままを言うのです」


その男ウィリアムは、まだ若いのに、苦虫でも噛み潰したかのように眉間にシワを刻んでいました。


「それなら小生のところにたくさんあるよぉ」


銀の髪で顔を半分隠したまま、もう一人の男が答えます。


「どうせ、代償を要求なさるのでしょう。まったく……このようなクズの個人的嗜好を満たすための予算などないというのに」


そう言ってウィリアムが神経質そうにメガネのズレを直す傍らで、もう一方の男は楽しげに笑いを漏らします。


「グフフ……そのちっちゃな手で小生の頸を絞めあげようっていうのかい?ヒッヒ……次は髪をかきむしる気だね?駄目だよ、顔はまだ見せてあげられないよぉ」


空気の読めない赤毛の赤ん坊と、空気を読む気のない大人がはしゃぐ様が、余計にウィリアムの神経を毛羽立たせます。いっそ、このスキに逃げてしまおうか、二人とも気付くまい、などとも思いましたが、ウィリアムの矜持がそれを実行させませんでした。



「……いいよ」



ふと、低い声が響きました。


「は?」


「代償はこの子自身だ。
―――この子を小生におくれ。この子がいれば、笑いに事欠くことはなさそうだ」


思いがけない提案に、さしものウィリアムも驚きを隠せません。


「よ……よろしいのですか?本当に?このような、赤ん坊でありながら我が儘と選り好みと猥雑さと下品さの塊のような者を」


「ヒッヒッヒ……この子を可愛がって、幸せにしてやれるのは小生だけみたいだねぇ。今でさえこんなに笑わせてくれるんだから、将来が楽しみだよ〜〜」


男は、またひとしきり笑ってから、赤ん坊の額やら頬やら唇やらに口付けの雨を降らせます。赤ん坊も、キャッキャと喜んでいます。



ウィリアムは、そんな様子を見ているのがばからしくなって、今度こそその場から退散したのでした。


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