Rot U
□Disharmonie〜不協和音
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やぁ、そこの彼女。
キレイな髪だね。サラサラでツヤツヤで。夜の節電モードのオフィスでも、キューティクルが輝いてるって感じじゃん。つい声かけちゃったよ。
触っていい?
思った通りだ。それにレモン? オレンジ? 柑橘系の、すっげーイイ匂い。
ずーっと触っていたいなー。
明日の朝まで、二人っきりで、さ……
その長い髪を掻き分けながら、オレはそのまま、真っ白くてなめらかな首すじに顔をうずめた――――
クルッポー。
窓の外から、死神伝書鳩の声が聞こえる。毎朝、決まった時間に鳴くんだから、律儀なもんだよな。
ぼんやり考えるだけで、思考も視力も焦点を結ばない。
すっげー幸せな夢見たようなあったかさに包まれて、起き出すのがもったいない。白いシーツの感触って、こんなにイイんだ。
それにしても、体にゴツゴツ当たる硬いものは……
「xdrjytldkft6うgh!!!」
並んでベッドに横たわる存在を確かめて、声にならない声を上げる。
「んー……朝っぱらから、ウルサイ……もうちょっと寝かせて……」
「ササ、サトクリフ先輩?!」
「え? 何コレ、アタシ…………うぎやああああ!!」
隣でもそもそ起き出して、ロナルドの十倍ほどの声量で叫んだグレルは、比較的短い間を置いてから、指示を出した。
「……ワカゾー、ちょっとそこに座りなさい。ああ、ちゃんと服は着るのヨ。見苦しいから」
そう言って自分も、乱れた着衣を整えてから、ベッドヘッドにもたれて腕を組んで、ふんぞり返る。
いつも以上の威圧的な空気に、ロナルドは可能な限り距離を取る。死神寮の簡素な2段ベッドの上にいるのだから、腕を伸ばせば届く距離ではあるが。
正座して両手は膝の上に置いて、ちぢこまる。ネコに睨まれたネズミさながらに。
「ゆうべナニが……いや、何があったんスか……?」
このまま膠着状態を続けていても埒が明かないので、こわごわ尋ねることができるようになるまでには、少し時間がかかった。
「ナニ言ってるの。アンタが、美人で有能な先輩と飲みたいって言うから、仕方なく付き合ってあげたんじゃない」
グレルが低音ボイスでゆっくり話すのは、危険信号だ。
(どこまでも上から目線を崩さない、っていうか野獣の目? オレ、標的にされてる?)
申しわけ程度に着衣を正したとはいえ、シャツにもズボンにもくっきりとシワが刻まれている。
ついさっきまでは、ボタンもファスナーも全開で爆睡していたのだ。ゆうべ、健康的で健全な睡眠のとり方をしなかったようにしか見えない。
8人で使う大部屋の、4基ある2段ベッドのうちのひとつの上段に、2人はいる。天井ははるか上のほうに、無機質に無慈悲に、ただ広がっている。この部屋を使っている他の死神たちが出払っているのだけが、不幸中の幸いだった。
ロナルドは、必死の思いで記憶の糸を手繰り寄せる。
昨日は、いつにも増して激務だった。泥のように疲れているせいで、眠るにも眠れない。そういう時には、軽い気分転換が必要だ。
オフィスにいても寮にいても、メンツは同じ、どちらを向いてもスーツをまとったメガネの死神がいるばかり。
リフレッシュするには、繁華街にでも行くしかない。
合コン会場のレストランとか、しゃれたムードのバーとか、彼女の部屋とか、温泉とかスキー場とか……
そこまで考えて、ロナルドは現実を顧みた。
(ま、しょうがねーな)
時間が足りない。今夜のところは、手近に一杯ひっかけることにしよう。
そんな安易な気持ちで、オフィスで酒盛りをすることは、珍しくなかった。当然、ウルサ方のお目付け役がいないタイミングを見計らって。
本当に、安易な気持ちからだった。グレルと一対一の形になったのも、たまたま近くにいたから、というだけの理由だった。何と言って誘ったのかも覚えていない。
2人で飲むのは、初めてだったか、数度目だったかも、忘れた。それほど、ごく当り前に、否応なく、行動を共にするのに慣れた者同士だ。
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