Rot U
□Trinkengelage〜酒宴〜
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〜10年前〜
「あーー。かったるいわネー」
「……右に同じッス」
小声とはいえ、グレルの方が先にぼやき始めたので、就職して間もないロナルドも同調する。
今日は死神派遣協会の慰労懇親会だ。
統率の取れた組織として、このような催しを定期的に開催することが必要で、しかも正当な理由なしに欠席すると、組織の和を乱す者として勤務査定に多大な影響を及ぼす――――との、管理課からのお達しで、グレルもロナルドもしぶしぶ出席している。
足元にも近付けないほど偉い方々のスピーチが、無駄に延々と続く間、一般の死神たちは、直立不動のまま黙って聞いているしかない。
「……というわけで諸君、今夜は無礼講だ。節度を保って、楽しんでくれたまえ」
矛盾を含んだ締めの挨拶とともに、若き死神たちは、ようやく解放された。それと同時に、次なる試練がやって来る。
給仕は自分たちで分担しなくてはならない。頭数が多いためだと言われたが、実際には、経費削減のためであるのはわかりきっていた。
「グレル・サトクリフ、あなたは地下の貯蔵庫からワインを運んで来なさい」
「えーー。ワインって重いじゃないのォ。レディに重労働させるなんて、協会の名折れヨ」
「……わかりました。では、ロナルド・ノックス、あなたが代わりにお行きなさい」
「……はい」
グレルに割れ物を運ばせて、転んで破損させたら。もしくは、暴れ出して大量の瓶を凶器として所かまわず投げたとしたら。被害は会場全体を巻き込んで、少なくとも負傷者が複数出るだろう。
不本意な催しに出席している赤い台風≠フストレスが噴出した時、何が起きるかわかったものではない。
ウィリアムとロナルドの間で、一瞬のうちにこれだけの意志の疎通がなされていた。
「グレル・サトクリフは、テーブルごとに瓶を配布して下さい。各テーブルにひと瓶ずつですよ、いいですね」
「はぁーい。つまり、ウェイトレス役ネ」
ひと瓶くらいなら、破損しても帳尻を合わせられるし、デスサイズを構えて応戦することも可能だ。
「まったく……」
そうまでして全員を参加させねばならないのか。協会の体質に、我知らず嘆息するウィリアムだった。
グレルは、基本的に職場の飲み会には出ないことにしていた。今日みたいに雑用ばかり言い付けられるのは、うっとうしい。何より、退勤後までムサ苦しい男どもに囲まれ、酔い乱れた姿を見せられるのは勘弁してほしい。
(イイ男は一通りチェック済みだしネー。ウィルはアレだし)
ウィリアムのルックスは好きだが、彼は管理課の若手として幹事の仕事を任せられるため、アルコールは一滴も口にしないことを信条としている。
いつもの職場の延長なだけで、親睦が深まるきっかけなど、つかめない。
そもそも、興味がない相手には近づかないのがグレルだから、職場での仲間や友人と呼べる存在は、ごく少数だ。
未知のイケメンがいないものかと、常に虎視眈々と探りを入れてはいるものの。死神派遣協会で働き始めて数十年、全容はほぼ把握できてしまっていた。
「失礼しまーす。ワインをお持ちしましたァ」
「サトクリフか、ご苦労。そこへ置いたら、下がっていなさい」
上司(ルビは、オッサン)たちは地肌が目立つ頭をつき合わせて、同類同士で固まって、オッサンくさい話題で盛り上がっている。秘書課の女子を引っ張り込んで、お酌をさせる輩もいる。
若手たちは、上司の手前、自由にふるまえない。ロナルドでさえ、いつもの合コン仲間と目配せしてトンズラするタイミングを計るのが関の山で、実行するには至らないのだ。
(あーーつまんない……とっとと帰って、お肌の手入れしたいワー)
「ワインでーす。どうぞ」
投げやりな気持ちで、何本目かに運んだテーブルにいたのは。
「ああ、すまんな」
「……おやっさぁあん! こんな隅っこのテーブルで、お一人でーー!」
グレルが憧れてやまない伝説のメガネ師、ローレンス・アンダーソンが、壁際の小さなテーブルに一人で着いていた。手持ち無沙汰に足を組んで。
「なんだ、ワシを知っているのか」
「おやっさんと言えば、死神派遣協会の中枢を担うメガネ課の課長ですものッ! 協会いちデキる男!」
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