Rot U

□In der Zeit zurueckgehen〜さかのぼる
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「おや、今日は……ペペ・イージーグリーンだね」

「……当たり」

職場で、昼休みに1本吸っただけのタバコの銘柄を葬儀屋に言い当てられて、素直に応じる。

「すぐわかっちゃうわネ、いつもながら」

グレルは以前から、ペパーミント色のパッケージをコートのポケットにしのばせて、休憩中にたしなむことがある。

子供ではないのだから、喫煙は禁則事項ではない。何となく気が引けるのは、まだまだ保守的な価値観が根強く残る、死神派遣協会に所属しているからだ。

なので、レディを自認する身としては、水準以上の男の前では吸わないようにしている。

なのに、ごく短いキスをしただけで、この恋人には、すべて気付かれてしまう。

「適量なら、かまわないさ。健康と品位を損ねない程度ならね」

同じノクターン横丁商店会に属する肉屋のオヤジなど、毎日うず高い吸殻の山を築いている。膨張した体にニオイが染み付いて、周囲に伝染しそうなほどだから、いただけない。

「ちょっとばかりイラッときたんで……気分を変えたかったのヨ」

口実にするわけではないが、たまっていた愚痴をこぼし始める。

組織で働くレディとして、日々、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでいる。と、グレルは思っている。大人なのだから、職場で声高に悪口や噂話をするのは慎むべきだ、という良識も、持つには持っていた。

現役を引退して久しい葬儀屋になら、その遠慮がいらない。かつて協会員で、今も死神図書館を利用して内情に通じている葬儀屋になら、話をわかってもらえる。

色気のない話題だと自覚しつつも、葬儀屋相手にグチグチ言ってしまうのが常だった。

「裏方連中ってば、最前線の表舞台に立つ回収の仕事を、わかっちゃいないのヨ」

シネマティック・レコードに刻まれた映像と違って、巻き戻すことなど出来ない、生の舞台なのだ。万全の準備を整えてコトに当たるべきではないか。

なのに、頭の堅いヤツらは、経費を削減することしか考えていない。

「そんなに経費を使いたくないってんなら、仕事自体ヤらなきゃいいのヨー!」

ムチャクチャ言っていきまくグレルは、背中も肩もピクピクしてくる。

「おまけに、最近の若いのときたら……」

年寄くさい言い方だと思いつつ、とめられない。

「よしよし……心拍数が上がってきたねぇ。糖分を補給したほうがいいよ」

葬儀屋は、赤い髪を掻き分けて、薄い背中と細い肩とを撫でながら、長い腕で巻き込むように抱き止めて、口付ける。

「んー……」

じきにキスに夢中になってしまって、ストレスを忘れる。

すぐさま解消させることは出来ないが、オフタイムには気持ちを切り替えて心身のメンテナンスを図る。それが職業神
(ジン)の心得というものだ。

「ヒッヒ……もうちょっと口を開けておくれよぉ」

葬儀屋にも、それがわかっているから、己の舌を挿し入れて、グレルの口内をまさぐる。

「甘……ぃい……」

蜂蜜でも湧き出しているのではないか。そんなことを思い付くほど、葬儀屋の舌は、いつも極上の甘みを与えてくれる。

互いに、ひとしきりキスに身を任せてから。

「きみの舌は、やっぱり少しカライねぇ……」

「そ、そう?」

タバコの味が残っているのだろう。

「クッキーが焼けてるよ。お茶も淹れるから、甘みを摂って、小生にも還元しておくれぇ〜」

どうやって「還元」するのかは、聞くまでもない。

「……うん……」

くすぐったいし、照れくさいけれど、かろうじて返事をする。

可愛がられていると、実感できるから。この年上の恋人の存在を、しみじみ幸せだと、実感するから。

そして。葬儀屋は、いつ如何なる時も、限りなく甘党だ。

「ネ、アナタはタバコ、吸わないの?」

愛煙家とスイーツ好きは、多くの場合、相容れないものだ。

「昔は、ときどき吸ったものさぁ」

昔。

葬儀屋の言う「昔」とは、何百年前のことなのだろうか。

「若さの特権ってヤツかねぇ。見るもの聞くもの手当たり次第に試してみたくなった時期もあったさ」

達観と言おうか諦観と言おうか。

一見、涸れている印象さえある葬儀屋に、そんな肉食系時代があったとは。正直言って、想像すら出来ない。


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