Rot U

□Willkommen〜葬儀屋へようこそ
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「おっと、忘れることろだった。明日は材木市の日だよ」

葬儀屋がつぶやく。

「それって、マホガニーを調達するため?」

吐息が混じりそうな距離で、グレルが合いの手を打つ。

「そうだよ。よく覚えていてくれたねぇ」

前に話して聞かされたことがあったので、葬儀屋がこだわりを持っている棺の素材は知っていた。極上の棺を作るには、そんじょそこらでは手に入りづらい良質な材木を厳選しなければならない。

だからグレルは、「ショッピングなら一緒に行きたい」とも、「代わりにお使いに行って来てアゲル」とも言わない。

「じゃあ、アタシはお留守番してるワ」

「ああ〜せっかく、きみがお休みをもらえたっていうのに……」



突発性のモチベーションが上昇して、ありえない効率でたまっていた仕事を片付けたグレルは、これまた突発性の電池切れで、「ヤルことヤッたんだから、イイでしょ」と管理課にゴネて、有給休暇をもぎ取ってきた。

仕事にムラがあると言われても、私情で動いていると指摘されても、どこ吹く風。

明日は一日、葬儀屋とまったりシッポリ過ごそうと思っていたが。

今夜は既に軽く汗をかいたので、身も心もスッキリしていた。と同時に、新しいことへの好奇心がムクムク湧き起こる。

「ね、せっかくだから、アタシが店番してるワ。お休みは有意義に使わなくちゃ」

「いいのかい? そんなことを任せて」

予想外の申し出に、だが葬儀屋は面白そうに応じる。もちろん、大丈夫か、などと上から目線の物言いはしない。

自らを女優と称するグレルにとって、店番はロールプレイングだ。

「美人の売り子」役を演じると思うと、ワクワクしてくる。

「衣装も大切よネ! こんなコトもあろうかと、アナタとお揃いの服を作っておいて良かったワ」

ベッドから飛び降りて、跳ねるように部屋を出て行ったかと思うと、自分のクローゼットから神父服を取ってくる。

少し前に、興味本位で作ったものだ。葬儀屋がまとっているものと基本的な構造は同じだが、色は赤の濃淡の組み合わせで、少し薄手の柔らかい生地を使っている。

そのため肢体の動きが見て取りやすく、丈も短めなので、なかなかにセクシーなムードを醸し出す。もちろん、既製服であるはずがない。葬儀屋に頼んで手作りしてもらった、世界で一着だけの服だ。

「そうだねぇ……明日、お客が来るとすれば……ノクターン横丁商店会の会費集めに、お葬式で暴れて備品を壊したお客への請求書を届けに来る教会からの使い、それを受け取りに来るお客と鉢合わせたら、適当に示談交渉をさせておくこと。あとは……お茶でも飲んでいてくれればいいよ」

葬儀屋のゆっくりした口調から、厄介げな案件が坦々と告げられる。

「そんなにイロイロ来るの……」

いくらグレルでも、ちょっと怯んでしまう。自分ひとりで、ちゃんとさばけるだろうか。不安げなテンションとともに視線も下がる様子は、シッポを下げる仔犬を連想させて、葬儀屋のテンションを上げてくれる。

「ヒヒッ」

軽くあごに指を掛けて、上向かせる。素直に応じて、その先を期待しているくせに、それを悟られまいと口を「へ」の字にゆがめる表情は、更に輪をかけて葬儀屋を楽しませる。

「『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』この二言で、接客は何とかなるものさ。さぁ、もっと口角を上げて」

ついっと黒い爪で唇の端をつつかれる。敏感なところへのもどかしい接触は、さっきまで二人で高め合い、鎮め合った熱をぶり返しそうだ。

「ネ…………て、イイ?」

「んー?」

うまく言葉に出来なかったが、葬儀屋が軽く小首をかしげて優しげに応じたので、グレルは思い切って、銀色の前髪を掻き分ける。

「…………テラ、イケメンー……」

「ヒッヒッヒ、ありがとう」

葬儀屋の顔が好きで好きで、時々こうやって眺めては悦に入る。そのくせ、至近距離で正視するには時間的な限界があって、いくらも経たないうちに目を逸らす。

「ん……」

今日は、目を閉じて唇を押し付けるという方法で。毎日くり返しているおかげで、キスにはずいぶん慣れた。

「安心して任せてヨ。ほら。こんなキスだって出来るようになったんだから」

ひとしきり甘い蜜を舐め合った後で、こんなセリフも言えるほどに。

葬儀屋は、はるかに年上の大人の男だから。

(子供っぽいとか、重いとか、思われないようにしなくちゃ。役に立つパートナーでいなくちゃネ)

「ああ。頼りになる、大人のレディだよ」

余韻を舐め取るように、ついっと唇を重ねて、すぐ離す。

「……おしまい?」
残念そうにボヤいて、おねだりするように上目遣いで見つめる。

キスが大好きでたまらないグレルにとって、これだけは譲れない。毎日くり返し、飽きることなく何回だって、したいのだ。

「ヒッヒッヒ……」

葬儀屋も、ねだられるのは大歓迎なので、それから長いこと、2人の口付けは解かれることがなかった。
 

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