Rot U

□Zucker und Saltz〜砂糖と塩
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「なぁに、ワカゾー。アンタそんなに甘党だったの? 糖尿病になるわヨ」

その日、両手一杯にお菓子を抱え込んだロナルドに、グレルがちょっかいを出した。

「やだなぁサトクリフ先輩。今日はアノ日じゃないッスか。男としちゃあ、アピールのしどころだから、気合い入れて用意したんですよ」

「アノヒ?」

言われても、グレルはピンと来ない。

「え、何? 先輩、マジに忘れちゃってるんスか?」

ロナルドのチャラい言いようは、かなりムカっとくる。しかし、わからないものはわからない。

「だから何なのヨ。もったいぶらずに言いなさいヨ」

いつもなら、この流れで口論が始まったり、有形力を行使したり――もちろん、先に語気を荒げるのも手を出すのもグレルで、最後に勝つのもグレルである――するのだが、今日に限って穏やかな空気が保たれている。

知らないものに対する好奇心がまさっているためか。それとも、ロナルドの側に何か含むところがあるためか。

「しゃーないな。はい、これ。オレからの気持ちッス」

言葉遣いは、いつも通りのチャラさだが、ニッコリ笑う様子は、あくまで素直で明るい後輩然としている。

ロナルドが差し出したのは、

「え、え、え、
ええーー??!!」

造花が添えられた乙女チックなパッケージに入った、マシュマロだった。




「不覚だワ…………」

ロナルドから渡されたマシュマロを自分のデスクに置いたまま、グレルはうなっていた。大切なイベントであるホワイトデーをキレイさっぱり、完全に忘れきっていたのだ。こんなことでは、レディ失格だ。

「だけどォ……ホワイトデーにきっちり返してもらえるなんて、いつ以来? いえ、ぶっちゃけ初めて、よネ……」

男性は「お返し」を面倒くさがったり、恥ずかしがったりすることが多い。だから、ホワイトデーは、バレンタインデーほどには盛り上がらない。

「そういえば、今年のバレンタインは……」

昨今ではスイーツ業界の戦略によって、愛情表現とは程遠い、イベントとしてのスイーツの贈り合いが増えてきている。

職場環境を円滑にするためには、ちょっとしたギフトの贈り合いくらい、しても良いではないか。いや、楽しいから、やってみよう。それが、オフィスで美しく咲き誇るレディとしての役割ではないか。重すぎる女は疎んじられるから、あくまで軽く、ささやかに、義理チョコを差し入れる女子力を示す機会でもある。

そんな妄想を展開して、ミニサイズのチョコレートを数十個バラまいたのが、ちょうど一ヶ月前のことだ。

その日、見かけた顔見知りには、一通り配ったと思う。はっきり覚えていないけれど。

「まさか、あのロニィが、ここまで気遣いできるとはネェ……」


『あ、こっちの山は、数重視なんで。他の女の子たちには、あんまり凝ったものを返すより、お返しした、っていう形のほうが重要なんです。先輩のだけは特別仕様なんスよ。お肌にいいコラーゲンが入ったマシュマロ。食べて下さいねー』

そんなセリフとともに、ロナルドは去って行った。各部署に散らばった顔なじみの女子に、パッケージもない、あえてさりげない形にしたスイーツを配るために。

その心中では、サトクリフ先輩を立てておいて損はない、むしろ、怒らせると自分の命に関わる、という計算が働いていたのは言うまでもない。

だが、もちろんそんなことは言葉にしない。

(他の、たくさんの女の子たちよりも、アタシだけを特別視しているということは……)

それには、もちろん、とても重い意味があるはずで…………グレルの脳内は、いつものように、ここまでトリップしてしまう。

「グレル・サトクリフ」

グルグルしているところに、背後から冷たい声が注がれる。

「はっ! ウ、ウィル、今はネ、書類の下書きを脳内で作成している真っ最中で、決してサボっていたワケでは……」

とっさに言い訳するのは、身に着いた防御策だ。しかし、ウィリアムの手元に目が釘付けになる。

「ウィルが……ウィルが……スイーツを持ってるなんてーーーー!」

叫ばずにはいられない事態だ。

「大きな声を出すのは、およしなさい。新しい規則が出来ました。死神派遣協会において、個人間で金品を一方的に渡すのは禁則事項です」

「それ、お偉いさんへの賄賂とか貢ぎ物とかの話でショ」

「そういう生々しい語彙を使うのは、お慎みなさい。ですから、一方的でなく、ギヴアンドテイクの形式を整えるように、とのことです」

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