Rot U

□In der privatzeit〜2人の時間
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「……そんなに力を入れないで。小生に任せておけば、ちゃあんとヤッてあげるよぉお」

昼なお暗い葬儀屋の奥の部屋で、2人は吐息がかかるほどに額を寄せ合っていた。

「うん……でも、やっぱり、まだ何となく……」

「んー?」

いつもと違った張りのない声で口ごもるグレルを、しかし葬儀屋は許さずに、続く文言を促す。

「は、恥ずかしい……」

「ヒッヒッヒ……」

直接に応じることはあえてせず、いつものように企みやら含みやら、いろんなものが入り混じった笑い声を響かせる。

陰鬱な店内の空気に、なかばは溶け、なかばはグレルの鼓膜から脳髄にまで侵入して侵食する。

たいていの者にとっては不気味だが、グレルにとっては極上の官能やら蠱惑やらの火を、体の奥に点す声だ。

手首から手のひらの柔らかい部分にかけて、葬儀屋の左手の細い指が絡み付いている。右手の指は、その先の爪を捉えている。

死神としての任務の最中は手袋を着けているグレルの手は、傷一つない白磁のようだ。深い傷が刻まれた葬儀屋の手肌はもっと白くて、およそ血が通っているとは思えないほどだ。

夜勤明けで、明るいうちに仕事を終えたグレルが、葬儀屋に教わったように手洗いウガイをしていると、爪の先を軽く引っ掛けてしまった。

「このくらい、どうってコトないワ」

コートのポケットに常備しているハサミで簡単に整えようとするのを、たまたま「お客」が来店していないタイミングだった葬儀屋が制して、こうやって2人して、昼日中から顔を寄せ合って。

「爪を伸ばすのはいいけど、きちんとケアしてあげないと、こうやって欠けたり二枚爪になったりするんだ」

やっているのは、爪の手入れだ。単に身を飾ろうというのではない。葬儀屋に言わせれば、己の体のケアは、生きていく上での基本となるのだから、何より優先するべきなのだ。

「顔の肌と同じで、メイクの効果を上げるためには土台をいたわってあげないとね」

表面の凹凸を磨き上げ、長さを整え、ヤスリをかける。ときどき当たる無機質な金属の感触が、ずっと触れている葬儀屋の手指は、やはり生身なのだと逆説的に思い出させてくれる。

「ええ……いたわって……」

グレルにとっては、いつも身に着けている着衣を取り去って、肌と肌とを触れ合わせる、恋人との大事なスキンシップのひとときだ。

「こぉおんなにキレイな指なんだから、爪も磨き上げて、オシャレしてあげると、もっともっと可愛くなるよねぇー」

うっとりと、おそらく舐めるような目でまじまじと見られて、低く響く声で言われるのが、葬儀屋の狙いなのかどうかは、わからない。

わからないから、とりあえず乗ってみる。

感じるままに、思うままに、素直に自分を出せるのは、葬儀屋の前だけだ。

「こうして、アナタが可愛がってくれれば、いくらだってキレイになれそうだワ。体中、隅々まで」

「ヒッヒ……嬉しいねぇええ」

へらへらヒョロヒョロした口調とは裏腹に、天下一品の手際の良さで、真っ赤なポリッシュを二度塗り着色してベースを作る。

更に、先端にシルバーのラメをグラデーション状に重ねて、艶出しトップコートで仕上げる。

「うん。アタシ好みのイカしたデザインになったワ」

「気に入ってくれたかい?」

「大満足DEATH★」

いつもの癖で、立ち上がってオーバーポーズを決めようとするところを、葬儀屋はやんわり肩を抑えてとめる。

「気をつけて。表面は乾いているようでも、中はジュクジュクだからね。半日くらい、硬くてカチカチして尖った物が当たらないように保護してやらなきゃ」

「固くてガチガチに猛ったモノ……」

グレルがあらぬ方向に妄想を飛ばすのも、常のご愛敬だ。葬儀屋は、いちいちたしなめることも、ドン引きすることもしない。

「だから、着替えは小生がさせてあげる。ほら、ボタンを外すよぉ」

いつも着崩している赤いコートの袖を抜いてもらった後は、死神らしい白いシャツのボタンと、細身のトラウザーの金具を外してもらう。あくまで外すだけで、開けない、広げない、覗かないという約束の上で。 

こんなにも手厚い世話をされたことなど、生まれてこのかた一度たりとも記憶にない。

でも。

「ヤダっ! 見ないでヨ!」

「見ちゃ、ダメかぁあい?」

「ダメに決まってんでショ!」

着替えと言ってもレディのことなので、一から十までゆだねるわけにはいかない。だから、葬儀屋が一から十までしたがるのを、断固として制止する。


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