Rot U

□Glauben?〜信じますか?
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「○○ちゃんって、口がちょっと大きめじゃん。顔は可愛いけど、アッチの締まりはそれほどでもないんだろうな。残念」

「ああ、だから△△と続かなかったのかな」

「うわー。エッチの具合がそれほどでもないからポイするなんて、△△のやつ、何様のつもりだよ」

「あの野郎、遊び慣れてるからな。顔とか性格とかより、名器の女がイイ! ってんじゃないの?」

「あ、でも、○○ちゃんの尻の形はさぁ……」

若い男たちの、気安く遠慮のないトークが好き勝手に飛び交う。女人禁制の男だけの領域、男子トイレ。


1つの個室のドアが、わずかなに歯ぎしりのような音を立てて開けられる。そこだけ別の空気が流れているかのようだ。

ヒールの音を響かせて、楽屋入りする主演女優さながらに、真っ赤な髪を揺らしながら出てくるグレルに、男たちは左右に退いて道を空ける。

「サトクリフ……いたのか」

グレルは、常に個室しか使わない。

動いてズレたランジェリーを適正ポジションに戻すとか、レディとしてはいろいろするべきコトがあるのヨ、と言って。
トイレ本来の用途は、美しい容姿を持つ者には必要ないのだと、断固として言い続けている。

本当のところは、ムサい男どもと横並びになることが、許容できないからなのだが。

「大きな声で品のない話してんじゃないわヨ。ここが職場だって、わかってんの?」

……と、どやされるかと思いきや。

「あれ……?」

怒鳴らず、注意もせず。あまつさえ、「もっと詳しく聞かせなさいヨ。アンタたち、そのネタどこで仕入れてきたの?」と食いついてくることもなく、静かに手を洗って、髪を梳かして、出て行った。

「サトクリフ、どうかしたのか、な……?」

「しっ。何か1人でブツブツ言ってるぞ」

男たちは、しかし面と向かって話しかける勇気もなく、見送るしかなかった。

こんな時、グレルは必ずと言ってよいほど自分の世界にトリップしているということを、彼らは経験的に知っていた。



案の定、トイレを出て廊下を颯爽と歩くグレルの頭の中は、どうしようもなくピンク色に染まっていた。


(アタシはいつも、彼に「誘うように緩んだ口元からチョロリと覗く赤い舌は、その奥の極上に甘い蜜を思わせて、たまらなくそそるねぇえ」だの、「服を着ていてもわかる引き締まった下半身が、小生の下半身を締め付けて、身動きできないほどギュウギュウ締め上げて、息の根が止まらんばかりに抱き締めてくれると、目蓋の裏に天国の扉が見えるのさぁあ」だの、激烈に恥ずかしいセリフのオンパレードで可愛がってもらってるワ。一概に、サイズとか具合とか、ヤッてみないうちに決めてかかれるモンじゃないっての。あー。でも、証拠を突きつけてやれる問題でもないし)


そのまま更衣室の方に歩いてくると。

「高級ブランド品を欲しがる男って、コンプレックスがあるせいだって言うじゃない」

ロッカーの陰から、今度は、女子トークが耳に飛び込んでくる。

「そうそう。学歴とか収入とかアレのサイズとか」

「自分に足りないモノがあるっていう自覚から、物で補おうとするのね」

「物も、モノも、どっちも揃ってるのが理想だけどねー」

女子連中も、かなり言いたい放題で、聞き応えがある。

首を縦に、時には横に振りながら聞き入る。グレルが多分に持っている女子のメンタルを発動すれば、当然そうなる。

気が付いてみれば。世の中には、その手の「学説」が満ち溢れているのだ。

(あ、それウソ。こうして聞いてみると、みんなガキだわネ。もちろんアタシは、大人な彼氏に教わって、ディープでアダルトな世界を知るオンナだけど)

頭の中でダメ出しをしながら、考えてみる。

ひとことふたこと、ありがたい教えを垂れてやったって、聞き入れやしないだろう。ここは、人間のガキが学校で使っているという、校内新聞スタイルで、確かな情報伝達をしてやるべきだろうか。

(あ。壁新聞と、プリントして各自に手渡しするのと、どっちがいいかしら?)

グレルの思考は、ごくごく控え目に形容して「突拍子もない」ものだ。ウィリアムなどに言わせれば、「猥雑で無節操で傍迷惑で……」と、尽きることのない悪口雑言のオンパレードで評されるほどの。

それを当人が自覚していないから、ここ百年ばかりグレルの奇行や発言は、協会内を吹き抜けるハリケーンのごとき恒例行事と見なされていた。


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