「江戸を斬る」
□雌伏篇
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【設定】お千代=12歳 おゆき=20歳 金四郎=25歳 出演俳優陣の実年齢差に合わせてあります。
あたし、お千代。
まだ「娘さん」って呼ばれるにはちょっと早いけど、まるっきり子供ってわけでもない年頃よ。
日本橋は葭町(よしちょう)にある、魚屋「魚政」の末娘。
けっこう名の通った大店だと思うのよ。だけど他のお店のお嬢様たちみたいに、ちやほやされることがないの。
おっかさんは、手習いソロバンはもちろん、女の子として料理や裁縫や、一通りは出来なきゃみっともないって、いろんなことを習わせる。もちろん、お手伝いもするわよ。お店はいつだって大忙しだから、借り出されてるわ。
あたしの一生って、こんなもんなのかしら。子供のくせに、そんなこと考えるなんて、って言われそうだけど。
そんな魚政に最近、人が増えたの。魚河岸や御用聞きに行く若い連中なら、何人でもいてほしいところだけど、そうじゃないの。二本差しの、お侍なのよ。
ある日ふらっと現れたと思ったら、お姉ちゃんとあたしは二階に追いやられた。
「なぁに、あの人。浪人なの?」
お姉ちゃんに訊いてみても、「お千代はお会いしたことなかったわね」としか言ってくれなくて。あたしだけ何も知らないみたいで、つまんない。それでも、しばらく経って、
「おゆき、お千代、下りといで」
おっかさんの大きな声に呼ばれたら、その通りにするしかない。ほんとに末っ子って、つまんないわ。
「しばらく、こちらのお方をうちでお世話することになったよ。粗相のないようにね」
いきなり言われても、何て答えればいいのよ。
「旗本の遠山様のご子息でいらしてね」
その若いお侍さんは、昔おっかさんがご奉公していたお屋敷の若様なんですって。
「あたしゃ、こう見えてもね、若い頃は『姿が良い』なんて言われて、ご奉公先でも大事にしてもらったもんだよ。お生まれになったばかりの若様を抱っこしてたら、『器量良しの母親が、玉のような赤子を産んだ』なんて……畏れ多くも、本物の親子に見えたんだねえ」
ほら出た、おっかさんの昔話。どこまでがほんとか嘘か知らないけど、これが始まると長いんだから。
「おっと。お政、まずは娘さんたちに挨拶させてくれよ」
「あら! いけない。私としたことが。若様、うちの娘たち……おゆきはご存知ですね」
「若様、お久しゅうございます」
「ああ。おゆきちゃん、ずいぶん背が伸びたんだな」
ちょん、と親しげに肩をつつかれても、お姉ちゃんは、あくまでおしとやかにお辞儀する。おゆきお姉ちゃんって、こういうお作法をどこで覚えてくるのかしら。同じおっかさんの娘だっていうのに、どこか……違うのよね。
「それから、下の娘のお千代です」
おゆきお姉ちゃんの後ろに隠れるようにしてたあたしの背中を、おっかさんがぐいっと前に押し出す。
「よぅ、お千代ちゃん」
その人は、ひょいっと腰をかがめて、あたしの顔を覗き見てきた。とってもとっても背が高いんだって、そのとき気付いたわ。
なんて言うんだろう。うちで働いてる若い男衆は見慣れてるけど、そんなのとはまったく違う。何が? うまく言えないけど。
「金四郎だ。これから世話になるよ、よろしくな」
その人は、そう言ってあたしの頭をくしゃっと撫でた。
店の男衆は、年が近いせいもあるのか、若様とすぐに仲良くなった。
「若様がいらしてから、うちの若い者たちもお行儀がよくなったねえ。やっぱりお生まれがいいから、そこいらの男どもとは違うよ」
どこが? 確かに、お年寄りや小さな子には気働きができて、優しくしてあげてるようにも見えるけど。
朝は、ごはんの仕度ができるギリギリまで寝てるし。初めにごはんをよそっても、みんなが揃うまで待ってるけど。
昼はぶらぶら暇そうにしてるだけだし。重いものや高いところのものは取ってくれたりもするけど。
暮れると姿が見えなくなるのは、いけないところに遊びに行ってるのかもしれない。
「若様はご立派なお方だからね」
どうして、おっかさんがそこまで言うのか、わかんない。
そんな、ある日。お花を習いに行った帰り道で、とんでもないところに出くわしちゃったの。
「さぁ、お前ら一分ずつ出しなよ」
「かなわねぇなあ、旦那」
「返してくれるんでしょうね」
「心配するな。出世払いで利子をつけて返してやるよ」
「あてになんねぇけど……まあ、しょうがねぇ」
若様が、ガラの悪そうな男たちからお金を巻き上げている。おっかさんからもらってるお小遣いは、あたしよりずっとたくさんなのに。いえ、そういうことじゃなくて……つまり、ならず者? 若様が?
おっかさんやお姉ちゃんが、おそれ入って奉ってる若様が、悪い人ってこと?
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