「江戸を斬る」

□雌伏篇
1ページ/4ページ

【設定】お千代=12歳 おゆき=20歳 金四郎=25歳  出演俳優陣の実年齢差に合わせてあります。




あたし、お千代。

まだ「娘さん」って呼ばれるにはちょっと早いけど、まるっきり子供ってわけでもない年頃よ。

日本橋は葭町(よしちょう)にある、魚屋「魚政」の末娘。

けっこう名の通った大店だと思うのよ。だけど他のお店のお嬢様たちみたいに、ちやほやされることがないの。

おっかさんは、手習いソロバンはもちろん、女の子として料理や裁縫や、一通りは出来なきゃみっともないって、いろんなことを習わせる。もちろん、お手伝いもするわよ。お店はいつだって大忙しだから、借り出されてるわ。

あたしの一生って、こんなもんなのかしら。子供のくせに、そんなこと考えるなんて、って言われそうだけど。


そんな魚政に最近、人が増えたの。魚河岸や御用聞きに行く若い連中なら、何人でもいてほしいところだけど、そうじゃないの。二本差しの、お侍なのよ。

ある日ふらっと現れたと思ったら、お姉ちゃんとあたしは二階に追いやられた。

「なぁに、あの人。浪人なの?」

お姉ちゃんに訊いてみても、「お千代はお会いしたことなかったわね」としか言ってくれなくて。あたしだけ何も知らないみたいで、つまんない。それでも、しばらく経って、

「おゆき、お千代、下りといで」

おっかさんの大きな声に呼ばれたら、その通りにするしかない。ほんとに末っ子って、つまんないわ。

「しばらく、こちらのお方をうちでお世話することになったよ。粗相のないようにね」

いきなり言われても、何て答えればいいのよ。

「旗本の遠山様のご子息でいらしてね」

その若いお侍さんは、昔おっかさんがご奉公していたお屋敷の若様なんですって。

「あたしゃ、こう見えてもね、若い頃は『姿が良い』なんて言われて、ご奉公先でも大事にしてもらったもんだよ。お生まれになったばかりの若様を抱っこしてたら、『器量良しの母親が、玉のような赤子を産んだ』なんて……畏れ多くも、本物の親子に見えたんだねえ」

ほら出た、おっかさんの昔話。どこまでがほんとか嘘か知らないけど、これが始まると長いんだから。

「おっと。お政、まずは娘さんたちに挨拶させてくれよ」

「あら! いけない。私としたことが。若様、うちの娘たち……おゆきはご存知ですね」

「若様、お久しゅうございます」

「ああ。おゆきちゃん、ずいぶん背が伸びたんだな」

ちょん、と親しげに肩をつつかれても、お姉ちゃんは、あくまでおしとやかにお辞儀する。おゆきお姉ちゃんって、こういうお作法をどこで覚えてくるのかしら。同じおっかさんの娘だっていうのに、どこか……違うのよね。

「それから、下の娘のお千代です」

おゆきお姉ちゃんの後ろに隠れるようにしてたあたしの背中を、おっかさんがぐいっと前に押し出す。

「よぅ、お千代ちゃん」

その人は、ひょいっと腰をかがめて、あたしの顔を覗き見てきた。とってもとっても背が高いんだって、そのとき気付いたわ。

なんて言うんだろう。うちで働いてる若い男衆は見慣れてるけど、そんなのとはまったく違う。何が? うまく言えないけど。

「金四郎だ。これから世話になるよ、よろしくな」

その人は、そう言ってあたしの頭をくしゃっと撫でた。



店の男衆は、年が近いせいもあるのか、若様とすぐに仲良くなった。

「若様がいらしてから、うちの若い者たちもお行儀がよくなったねえ。やっぱりお生まれがいいから、そこいらの男どもとは違うよ」

どこが? 確かに、お年寄りや小さな子には気働きができて、優しくしてあげてるようにも見えるけど。

朝は、ごはんの仕度ができるギリギリまで寝てるし。初めにごはんをよそっても、みんなが揃うまで待ってるけど。

昼はぶらぶら暇そうにしてるだけだし。重いものや高いところのものは取ってくれたりもするけど。

暮れると姿が見えなくなるのは、いけないところに遊びに行ってるのかもしれない。

「若様はご立派なお方だからね」

どうして、おっかさんがそこまで言うのか、わかんない。


そんな、ある日。お花を習いに行った帰り道で、とんでもないところに出くわしちゃったの。

「さぁ、お前ら一分ずつ出しなよ」

「かなわねぇなあ、旦那」

「返してくれるんでしょうね」

「心配するな。出世払いで利子をつけて返してやるよ」

「あてになんねぇけど……まあ、しょうがねぇ」

若様が、ガラの悪そうな男たちからお金を巻き上げている。おっかさんからもらってるお小遣いは、あたしよりずっとたくさんなのに。いえ、そういうことじゃなくて……つまり、ならず者? 若様が? 

おっかさんやお姉ちゃんが、おそれ入って奉ってる若様が、悪い人ってこと?
.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ