Silber
□その葬儀屋、独笑
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<第一幕>
葬儀屋とウィリアムの午後茶
遠い海の果ての国JAPANでも伝えられていることだが、
この世とあの世を隔てる川は深くて広い。
女の身では、初めて抱かれた男の助けがなければ渡りきれないのだ。
シネマティック・レコードに影響を与えるのも、尤もだ。
だから、安売りして無責任な男のものになってはいけないのだが。
こうも言われている。
「誘ってくる男を袖にし続けていると、神憑きになる」
一生、機会を失って独り身のままだ、と。
そこで、自らが神である場合には…
「ムキーーっっ!
どうしろってのよ、
ややこしい!!」
いささか堪え性に欠けるグレルは、こう言って神学の講義を放棄した。
ウィリアムと同じ年に死神としての研修を受け始めた頃のことである。
実際、仏教寺院の公然の秘密として、稚児が12、3歳になると、高位の僧の欲望の捌け口となるのを強いられる。
どんな宗教でも内情は大差ない
。
例の、修道院にいた怪しげな教団とて、聖歌隊の少年たちを教祖が如何様に扱っていたのか、想像に難くない。
グレルは、死神として、その過程を踏んでいない。
辺境育ちなせいもあって、ひどく純朴なところがあるのだ。
なのに。
いや、むしろ。
その反動で、グレルは性に興味津々だ。
成人して死神界の王都で仕事をするようになってからというもの、とどまるところを知らず、周囲が退くほどになっている。
「そんなていたらくで、我が儘放題だったグレル・サトクリフがとうとう…ね。
相手があの悪魔というのは、何とも不快なことですが」
「お〜やウィリアム、いつもの口癖はどうしたんだ〜い?」
「は、と仰いますと?」
「百害をもたらすケダモノ、害獣と連呼していたじゃないかぁ〜」
「は…まぁ…」
論理的思考かつ事務的言動を以て鳴るエリート死神の意外な一面。
これはこれで、面白い観察対象だ。
グレルが選んだ相手を悪し様に言えないとは、何とも微笑ましいではないか。
「何にせよ、本人が望むサヤに収まるのが一番なのでしょうね」
「ほ〜お、物分かりが良い保護者くんだねぇ♪」
からかわれているのに気付き、ウィリアムは葬儀屋に一礼して席を立った。
ビーカーに注がれた紅茶は、すっかり覚めてしまっている。
「ウィリアムの今の心境、みたいだねぇ^^」
あの、仕事人間のウィリアムが、急ぎの案件がないとはいえ勤務中に立ち寄ってお茶を飲むということ自体、普通ではない。
人間が、一人娘を嫁がせるというのは、こんな心境なのかもしれない。
「小生もいい加減長く生きているけど、こんな気持ちになるのは初めてだよ…フッフッフ…これだから、世の中というのはオモシロイのさ」
葬儀屋の笑い声は、例と同じように聞こえるが。
果たして内心は如何なるものか。
髪に隠された瞳の光は誰にも見えない。
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