Silber
□Eine Grenze〜制限〜
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「アンダーテイカぁっ★
あのネ、」
自慢の赤い髪をなびかせて、ぴょこんっと飛び跳ねるように小生の結界に入ってくる。
ああ、結界と言っても何もしちゃいないよ。
並みの人間や死神なら、敬遠して一定以上の距離は保つものだ。
それが小生の場合、ちょっとばかり…そう、天然の結界みたいになっているのさ。
死神の任務に就いていた頃も、葬儀屋になった今でも、小生の手の届く距離に入ってくる者は数少ない。
なのにグレルは、容易にそれを破って、小生の心の中まで入り込んでくる。
仔犬のようなつぶらな瞳で至近距離から見つめられたら、そりゃあもう可愛くってたまらなくなるんだよ。
「どうしたんだい、仔犬ちゃん」
振り向きながら近付けた顔を、手で遮られる。
「あン、ちょっと待ってヨ」
「今日は朝から4回しかキスしていないよぉ」
せっかくグレルが休みの日なんだから、四六時中でも触れていたいんだよ。
「今週通算60回目は、ア・ト・で★
アタシ、行きたいところがあるのッ」
そう言って引っ張って来られたのは、繁華街の外れ、治安がイマイチなエリア。
「雑誌に載ってたの。
今、人間たちの間で人気のスポットなんですって」
「ほほぉ、これは……」
おおかた、都会暮らしを謳歌するロンドンのお嬢さん方が読むたぐいの雑誌だろうね。
「……流行の、ユーゲント・シュティールというやつかい?」
控えめな感想を言ってみる。
「ウィルはアール・ヌーヴォーって言ってたわヨ」
・・・いや、多分どっちも同じようなものだけど。目の前の建物は、どっちでもないよ。
絶対的な存在感の看板に示された名前には覚えがある。
パステルカラーの色彩と曲線で飾られた、明らかに周囲の景観から浮き上がっている建物は、予備知識がなくても用途がわかるものだ。
「デートコースの締めくくりにお勧め!≠チて書いてあったのヨ。
仕事で何度か通りかかった時も、イチャイチャべたべたカップルが出入りしてたワ」
「・・・で、ウィル君も、ここに来たことがあるのかい?」
「最近、アイツは外回りしないの。だから、回収員から出された報告書で読んで知ってるだけヨ。
『人間が、自ら風紀を乱す原因を作って、まったく……』とか言っちゃってたケド、こんなにカワイイ建物を見てないからよネー!」
「ウィル君と一緒に来たのでなくて良かったよ」
「?」
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