Gruen
□Krankheit des Geistes 〜 闇の病み
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すっかり遅くなってしまった。
「夜はカップル・タイムなんDEATH★」 と公言して、夜勤は断固拒否しているグレルだが、 今日は何のかのと小さなハプニングが続いて、サービス残業を余儀なくされた。
そのうえ、総務課の若い女子数名がまとわりついてきて、グレルの容姿をほめたり、美容の話を振ってきたりした。小娘になど興味はないが。
(仕事を持つ身として、少しくらいは愛想よくしないとネ)
と言いつつ、実際にはメンタル・レベルが似通っているから、けっこう話が弾んでしまったのだ。
そういう場には、どこからともなく嗅ぎ付けてロナルドが混ざるのがいつものことだ。 波が引くように女子たちが帰ってから、一緒にオフィスの戸締りをしながら聞いた話を思い出す。
「アンタ、今夜もお泊まり?」
ロナルドは、都心から外れたインド人の多い街に住む年上女性と半同棲生活をしていると、この前いっていた。
「いーえ。今夜は大人しく死神寮ッス」
「あら、お姉さまと別れたの?」
「いえいえ。ちょっとばかり冷却する期間を取ろうってだけッス。彼女、結婚を前提にしたお付き合いを始めたそうで、しばらくは身辺をキレイにしとこうって言うんですよ」
「フラれたのネ。かわいそーに」
そう言うグレルはニヤニヤして、すっかり面白がっているのだが。
「ちげーっスよ」
この手のネタでは、ロナルドの方が上だ。
「今は良くても、そっちの男といつダメになるか、わかんないっしょ? そっちとコジれた時に、心と体を満たして慰めてあげるのが、オレのポジション。だから、きっちり清算する必要もなく、つないでおく関係なんです」
「……聞いてると、あまりの軽さにイラッとくるわネ」
自分の恋愛観と、何とかけ離れているのだろう。全身全霊をかけた真剣勝負、流血必至、送死葬愛でないと恋とは呼べない—―――それがグレルのポリシーだ。
とは言え、ロナルド相手では怒る気にもならない。年下で、自分より腕っぷしで劣るロナルドは、男でも対象外なのだ。 よって、その手の事情にも目くじら立てたりしない。
「せいぜい、トラブって刃傷沙汰とかにならないように気を付けなさいネ」
「はーい」
男が男なら、女も女だ。もっとも、それくらいの女でなければ、ロナルドなどとは付き合えないだろう。お互いに都合よく付き合えているなら、ご自由に。
そこまで考えた次の瞬間、グレルの脳内はパッと色を変える。
グレルの恋人は、超絶テライケメンで、年上で、強くて優しくて、いつもグレルをかわいがりまくってくれる。そんな、理想が服を着ているような男と恋をしている。
いまだにグレルは、一日に何度もそう考えている。
飽きるほど長くて長い年月を一人で過ごしてきて、己が身にこんな幸せが訪れるなどと、いまだに夢かと思ってしまうほどだ。
きっと、葬儀屋は心配しているに違いない。顔を見るなり、抱きしめられて、動きも呼吸も奪われてしまうかもしれない。そのまま熱い忘我の境地にいざなわれるところまで、想像してしまう。
(ちょ……っ、ヤだ、待って……とか言うのが定番よネ)
人間の道を歩いていないのを良いことに、小さくではあるが声に出してみると、照れくさくて頬が熱くなる。
(ンフフ……)
誰も見ていないのを良いことに、口元を締まりなくゆるめる。そんな楽しい道中は苦にならなくて、葬儀屋の店まで帰り着く。
ごく簡単に身だしなみをチェックして、それから勢いよくドアを開ける。中に生きた客がいないことも、死神の能力で抜かりなくチェック済みだ。こう見えても客の前では、ごく普通の美人看板娘を演じるくらいの常識は持っている。というより、とことん格好を付けたがる。
「ただいまァ……っ?!」
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