Rot
□Farblos Maerchen〜色のない童話〜
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「今日のトライフルも、イケるわネ」
今日も赤い方がおいでになっています。人形をお買い求めになるわけでもないのに、店舗だけでなく工房まで上がり込んで、しばらくお話をなさっていくのが常です。
「ありがとうございます。僕は思います。お客様に喜んでいただくことが、おもてなしの要、執事の任務です」
「……アンタ、」
お客様は、珍しく僕の顔をじっと見て、おっしゃいます。
「いつも、そんななの?御主人様とやらの前では礼を尽くさなきゃいけないだろうケド、いい加減にアタシの前では砕けたってイイじゃないの」
僕は、そのようなことは夢にも考えたことがありませんでした。
「けれど僕は思います。あなたはお客様で、僕は店の……」
「お客ったって、アタシここで買い物したことないわヨ。
だいたい、こんだけ回を重ねて顔馴染みになってンだし、あんなコトも、そんなコトも……誰にでもできる話じゃないでショ」
嗚呼、わかります。
確かにこの方の話題は、周囲をはばかるものばかりです。口では恥ずかしい恥ずかしいと言いながら、洗いざらい一切合財をお話しになりたがるのですからね。
「それに、今日だって差し入れ持って来たじゃない。カレ特製のクッキー、しかも容器は特製骨壷なんてスペシャルアイテム、赤の他人にはヒトカケラだって分けてやらないんだから」
照れくさそうにしてみたり、恩着せがましくしてみたり。
僕は思います。感情表現が豊かな方であると。
感情・・・心・・・
僕も、昔は持っていたのでしょうか・・・
* * * * *
「子どもの指は、細くて小さい。だから、細かい作業には向いているんだよ」
僕は、そう言われて人形師の親方(マイスター)の弟子になりました―――
たくさんのことを教わりました。手風琴の扱い方も、この国で流行っている歌も、本業とは別に、親方を楽しませるために教わりました。
弟子入りすれば、生活のすべてが親方に支配されるのは当たり前です。
親方は僕をたいそう可愛がってくれました。お前は筋が良い、将来は独立して工房を構えることも出来るだろう、と。
朝も昼も夜も、眠る時さえも一緒でした。
戸惑いや恐れはあったものの、嫌悪はなかったと思います。
なぜって、親方のすることは絶対なのですから。僕は、次第に慣れて、自分から親方を求めるようになりました。
何年か経つうちに、僕は少しずつ「子ども」ではなくなりました。
親方の工房は大きくなり、そのぶん仕事も増えて人手が必要になります。親方は、次々と南方の国から新しい弟子となる子どもを連れて来ました。僕がそれまで割り当てられていた役割は、どんどんその子たちのものへと移り変わって行きます。
僕のように慣れきった者より、手垢の付いていないまっさらな子どもを相手にする方が楽しいのでしょう。
時に、あまりに予備知識や素養に欠ける新入りが来た場合は、親方にご奉仕できるようになるまで仕込むことも、僕に課せられました。
寂しかったと思います。虚しかったと思います。
でも僕は、それでも良かったのです。
僕が育った貧家を思えば破格の出世です。ひたすら神を信じながら天に召されていった家族たち。今ではもう、顔も覚えていませんが、今の僕の姿を見れば喜んでくれるはずです。
だいいち、物心ついてからというもの、他人には出来ない細かい細工が出来ることは、気味悪がられこそすれ、親方のように誉めてくれた人はいなかったのですから。
弟子入りして以来、初めてもらった自分の寝室に一人で横たわりながら、僕は、心を殺すことを覚えました。
親方から授けられる技は、先人の伝統の結集です。個人の裁量など必要ないのです。
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