位相転移
□Kein Name〜名前なんて、ない。
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〈ご注意〉
大人のお嬢様向けです。ヤマなしオチなし意味なし、救いもなし。さんざんヤッてるけど、スッキリしない読後感を確約します。私的にはメリー・バッドエンド。
これまで私が書いてきたイチャラヴ傾向とは違っています。ご注意ください。
黒い爪が白磁の肌をまさぐり、唇がその後を追う。先刻からつながったままの下半身は、しかし動きを止めたままだ。
「あッ……ん……」
ベッドに縫いとめられたまま、唯一自由になる頭を左右に振ると、赤い髪がパサパサ動いて、シーツを彩る。
「も、もう……う……」
声は、うまく言葉にならない。
「何だぁい? してほしいことがあるなら、言っておくれぇ」
「う、うご……い……」
どれくらい焦らされ続けているのかなんて、とうにわからなくなっている。双方とも、もどかしくてつらいのは間違いないのに。
「ああ、そんなんじゃ、わからないなぁあ。小生にどうしてほしいのか、きみの言葉で教えてくれなくちゃねぇ〜」
この状況でそんな注文をつけられても、とうに呂律は回らなくなっているし、ずっぷりと根元まで受け入れているため、入口から内臓まで、圧迫感で息も絶え絶えだ。
類い稀なる大剣は、突き入れたまま動かない。それはそれで快感をもたらしはするもので、わずかずつ潤いが満ちて、ぐちゅりと耳を覆いたくなる恥ずかしい音を立てる。ヌメリを増したソコは、ねっとりと包み込んで、ヒクヒクと抱きしめる。
そうしながらも決定的な愉悦を覚え込まされた体は、いっそうの刺激を求めてしまう。自分で動こうにも、仰向けの体の上に覆い被さられているうえに、絡み付けられた長い手足が、それを許さない。
どうあっても言わせるつもりなのだ。ねだらせて、懇願させて、涙ながらに求めさせたいのだ。
(――――コイツってば、とことん……)
半端な熱にうかされた頭で、ぼんやり考える。
この男は、とことんたちが悪い、と。
*****
「死神くん、起きなよぉ」
「えー? もうタイムアップ?」
乱れたシーツにくるまる頭上から注がれる奇妙なトーンの声に、グレルの意識は引き上げられる。
数時間前までけっこうな「運動」をしていたので、イマイチ体の自由がきかない。
しどけなく淫らな空気をまとったままのグレルに比べて、見下ろす男の方は、完全に身支度を整えている。神父服というものは見るからに脱ぎ着が面倒そうなのに。どう見ても枯れ果てて、生々しい欲望などひとつ残らず捨て去って解脱しましたと言わんばかりの様相だ。
この世に生ある者のうち、この男の相当な肉欲を知る者は、そうはいるまい。グレルは、そう思っている。いかにも禁欲的な黒ずくめの姿とのギャップの大きさは、ちょっと笑える。
「アタシまだ動きたくない……」
「そう言わずにさぁ。クッキーが焼けたんだ。お茶も淹れたから、ご馳走しようと思ってねぇえ」
「あー……そーネ……水分も糖分も必要だわネ。いろいろ消耗し尽くしちゃったから」
枕元までトレイを運んできて、クッキーをつまみあげて食べさせてくれる。頼めば、紅茶は口移しで飲ませてくれるだろう。
世話を焼かれるのは嫌いではない。
だから、マメな男は、ありがたい。それだけだ。
ティーカップなどではなくビーカーに飲み物を注ぐのは、どういう神経によるものなのか。疑問はあるが、グレルはそれを追及することをとっくに放棄していた。
そこかしこに可笑しなところがあるのだ。この男のそばにいると、可笑しなことばかり起こる。それが良いのか悪いのかも、最早わからなくなっている。
(とりあえず退屈はしないケド)
陰気くさい形(なり)をしているくせに、実はけっこうな甘党だなんてことは、多分グレルしか知らない。紅茶にはドカドカ砂糖を入れるし、チョコレートだのメープルシロップだのを体に塗られたこともある。拒否しなかったのは、物珍しさと好奇心のせいだ。
それでなくても、グレルの体をイジる時は、無闇に甘ったるいことを言ってくるし、してくる。
そういうのは嫌いではない。だから、付き合ってやっている。
こうしている間も、黙っているグレルに、「喉を潤した方がいいね」と言って紅茶を勧めてくる。思った通り、口移しで。
唇に触れる時の、小鳥がついばむみたいな仕草から始まって、蜜まみれになるくらい舌で器用に舐めまわしてくる。
それから幕を開けるのは、長すぎてトロけそうになる、丁寧にもほどがある前戯。それでいて、挿入を果たしてからはオスの本能を丸出しで猛々しい。
そんなにも、自分が求められているためだと解釈して、酔い痴れるはずもない。心を通わせた恋人同士でもあるまいし。
それでも。グレルが、実は尖った歯先で噛み付くよりも、舌先にぐぐっと歯を立てられるのが好きだなどということを、知っているのは葬儀屋だけだ。
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