位相転移

□Die letzte Blume〜最後の花
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〈ご注意〉

マダム×グレル

オメガバース設定につき、それなりに大人向けです。



「赤いドレスをいっぱい持ってるのネ。羨ましいー」

グレルはうっとりと目を輝かせながら、1枚ずつ手に取って目の前で広げて、楽しむ。

「マダム・レッドの通り名はダテじゃないのよ。それよりグレル、遊んでないでチャッチャと手を動かしなさい。仕舞っておく服と、風に当てておく服を仕分けしないと」

「だってー、こんなに綺麗な刺繍にフリル……アタシも着てみたーい!」

男爵夫人アンジェリーナ・ダレス。若くして夫に先立たれたので、今は彼女が男爵家をきりもりしている。医者として、男たちに交じって病院での勤務も遜色なくこなしている。屋敷のことを任せる使用人は、何人でも欲しいところだった。

新しく執事として雇ったグレルは、はっきり言って仕事ができない。のみならず、今もワードローブの整理を教えているところだというのに、脱線してばかりだ。

もとより仕事を覚える気などないのだ。執事と言えば、貴族の屋敷の使用人頭。そんなことではいけないのだが、グレルには別の重大な役割があるので、目をつむっている。2人だけの時は、素のままの独特な言葉遣いも許している。

「ね、この中だと、このスパンコール付きのがいちばん目立つわよネ。生地も光沢があってツヤツヤだし」

「ああ、それね。3番街の店で作らせたやつ。私も気に入ってるけど、1か月前の夜会で着ちゃったから、仕舞っておいて」

「同じ服を着ちゃいけないの?」

「貴族のプライドよ。夜会のたびに新調するくらいでないと舐められるの。ケチだとか落ち目だとか陰口をたたかれかねないの」

「……めんどくさーい」

「あんたの世界ではドレスを着るような機会、ないの?」

「残念ながら、黒いスーツで事務仕事するヤツが大半ヨ。アタシは外回り担当だから、まだ自由がきく方だけど」

グレルが所属しているという死神派遣協会とやらのことは、よくわからない。訊けば答えてくれるけれど、そもそも生ある人間が首をつっこむことなど、あってはならないのだろう。

そんなふうに、思ったまま言ってみると、誰も興味を持ちやしないわヨ、と返事が返って来た。だからアンジェリーナも面倒になって、その手の話はしないことにしている。

それ以前に、グレル相手だと話題が尽きないのだ。

グレルと話すと、なぜか心が軽くなる。何も知らない少女の頃に戻ったみたいになる。

「夜会服って、芸術的よネ」

今も、こうして女学生みたいなネタを振ってくる。

「こんなにヒラヒラでゴージャスなのに、ダンスが出来ちゃうんですもの」

「そうね、ダンスは優雅に見えて実際のところ激しい動きもあるしね。体力や筋力がないと見栄えのするポーズを取れないわ」

「人間の体って、不思議ィ」

妙なところに食いついて来るものだから。

「男は女の見た目の華やかさや可憐さ、豊満な肉付きに吸い寄せられて、隙あらば下半身の奥にずっぷりとハメ込んでやろうと、虎視坦々と狙ってるのよ」

「ずっぷり……ヤだぁー!」

ほら、この程度で赤面して黄色い声を上げる。死神とは言っても、見たところ人間と変わらない姿をしているのだから、性別が男であることは確かだろうに。

「ダンスをスムーズにこなすために、夜会服にはいろんな工夫が施されているのよ。特にスカート。それに靴」

「スカートは、張りのある生地でうーんと裾が広がってるのがいいわよネ。中もレースたっぷりのペチコートを何枚も重ねるのが、お姫様っぽいワ」

グレルは、こんなにも無邪気なこと、この上ない。

「それだと、衣擦れの音がシャカシャカするわね」

「いいじゃなーい。ゴージャスさの証。いかにもセレブって感じで」

「なに言ってんの。ひとけのない所だと、けっこう響くわよ。足元の可動域を確保しておくのも、必要だし。スカートを持ち上げる手が塞がっていたり、汚れていたりすることも考えておかないと」

「あー……」

ここまで言ってやると、ようやく思い至ったようだ。

「そうネ……アタシたちには、『その後』があるものネ」

人畜無害だったグレルの表情が、変化する。

「そっちの方が重要でしょ」

アンジェリーナが声を落として続ける。

重厚な扉ごしに声は漏れないはずだが、ことがことだけに念には念を入れなければならない。廊下を行き来するメイドたちに、ひとことたりとも聞かせないように。

「フフ……その通りネ。目的地まではアタシが飛ばしてあげるから、ターゲットを前にした時、足にまとわりついて邪魔になったりしないスカートが必要だワ」

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