位相転移
□学校へ行こう★外伝
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「あなたに話があります。職員室に来なさい」
アタシの魅力に抗いきれなくて、アンダーテイカーがいない隙を狙って連れ去ろうとするなんて、見かけによらず肉食系なコトする気なのネ。ああっ! アタシって何て罪深い男泣かせなの……!
「何を考えているか知りませんが、口に出したらその時点で掃除当番を課しますからね」
受験生の一般的傾向によると、春先には身の程知らずに高望みすぎる志望校を掲げていても、秋ともなれば現実を直視するようになります。その証拠にほら、ごらんなさい。国立コースの出席率が格段に低下しています。本来ならば受験科目の負担が少ない私立コースに転向したい。だが、見栄なのか意地なのか、変更の意思表示ができない。結局、自分ひとりでどうにかできると抱え込んだ挙句、足元から崩れていくのが例年の通弊です。
ウィル先生は、だいたいこういう感じのコトをしゃべっていたと思う。
あーー。ウルサイ。ルックスいいくせに、頭が固くて話が長いのよネ。もったいない。
「聞いているのですか、グレル・サトクリフ」
「はいはい。つまり模試の結果のコトでしょ。言われなくても、自分が一番よくわかってますヨー」
わざわざ乙女の傷口をえぐらないでほしいワ。アタシがぱたぱたと手のひらで仰ぐようにして見せると。
「まったく! 私たち教師を、もっと信用して頼ればいいものを……高校生の分際で自分一人が抱え込まなくても良いと言っているのです!」
「あ……は、い……」
びっくりした。立ち上がって机をぶったたくウィル先生なんて、たぶん50年に1回くらいのレアな姿だワ。書類に埋もれていたアッシュ先生も、一瞬こっちに視線を飛ばしてた。
「時には、退くことも勇気です。志望校を変更する場合は、速やかに報告なさい」
「……わかりました。失礼します」
アタシはお行儀よくお辞儀をして、職員室を後にした。あんなテンションのウィル先生に対して、茶化して返事するほど子どもじゃないワ。
ずいぶん、ぶっちゃけた話を聞かせてくれたと思う。特別に扱ってくれてるからなのかもしれない。感謝するべき、なんでしょうネ。でも、譲れないものは譲れないワ。
それにしても、夢も何にもありゃしない。本番で、奇跡的に天使が降臨して正解を教えてくれるとか、アタシの得意分野ばっかりで作られた問題が出るとか、あったってイイじゃないの。
一介の理科教師が副理事長になったり、ただの女子高生モドキ(アタシの生徒手帳には、「性別 男」と明記してある。残念ながら)とカップルになったりするんだから、世の中けっこう何でもアリだと思うのヨ。
波動の動きを公式で表したって、面白くない。波が立つような海なんて長いこと見てないし、せいぜいウォーターフロントのデートスポットをチェックするくらいしか興味ないわヨ。
***
この季節、学校が終わってから待ち合わせの場所に行く時間には、すっかり日が暮れて暗くなっている。
おしゃれでセレブなエリアにある、隠れ家的なレストラン。
アタシは初めてのデートの時に買ってもらった赤いワンピースを着て来た。新しいのを買ってあげるよぉ、と言ってくれたケド、高校生の身でオートクチュールを何枚も持つのって、どうかと思う。だから、大学生になるまでは一着あれば十分だって答えたの。ンフ、良識あるレディの判断でショ。
こんな高級なお店に出入りすることだって、本当はまだ慣れない。でも、大好きな彼が開いてくれる新しい世界への扉なんだから、ちょっとずついろんなことを覚えていきたい。
「グレルぅ〜」
案内された個室では、先に来ていた彼が椅子から立ち上がってアタシを迎えてくれる。薄い色をまとったシャンデリアは、味もそっけもない蛍光灯なんかとは違って濃い影を作り出す。彼の白銀の長髪がいっそう際立って、黒いスーツとのコントラストがクッキリして、天性の美貌は三国一で……感極まって泣いちゃいそうヨ。
「アンダーテイカー先生ッ」
広げられた長い両腕。ひょろんとしているものの、しっかり抱き止めてくれるのをアタシは知っている。飛び込まなきゃ、もったいないでショ。
ひとしきり抱きしめ合って、上半身の体温を確かめ合う。今のところ、これくらいがMAX。ちょっぴり本気モードのキスは何度かしたコトがあるケド、ここではしないワ。いくら個室だからって、お店の人がいるもの。むやみに盛るガキとは違うのヨ。
「二週間ぶりでも、グレルは美人だねぇ。瑞々しくて生き生きしてて、知的な魅力も上がった気がするよ」
「あ、ありがと……」
こんな言葉をポンポンかけて、アタシを照れさせて、いい気分にさせてくれる。ホントに大人の男なんだって感じがするワ。
そんな彼に釣り合うように、アタシは背伸びだろうと無理だろうと、何でもしまくって、努力しなくちゃならないの。年が離れてるんだから、それをカバーするだけのものは必要なのヨ。
「受験生は、これからどんどん忙しくなるよねぇ。模試を受ければ、結果には一喜一憂してしまうし、同級生の動向だって目に入るし」
わかってるのヨ。だから必死に勉強して、いい大学に入ろうとしてるの。なのに……
「グレル?」
「あ、このサラダおししいわネ! ドレッシング何で味付けしてるのかしら? アタシにも作れるかしらッ?」
ああっ、苦しまぎれに心にもないコト言っちゃった。自分で毎日パパっと作る料理と、たまに一流店で楽しむ料理とは別物なのに。
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