位相転移
□Grell! on ×××(序)
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アタシの名前はグレル・サトクリフ。たった今、デスサイズ・グランプリが閉幕したところヨ。今年で通算999回目を数える、死神界の栄誉ある大会なの。人間界単位に換算するとどうなるのか、なんて野暮なこと聞かないでよネ。
死神学校では実技成績トリプルAを叩き出したアタシは、鳴り物入りでファイナルまで進出したんだけど……飼い犬のマダム・レッドがいなくなっちゃったせいで調子が狂っちゃって、メンタルはボロボロ。結果は惨敗。
だってェ、マダムってば飼い主であるアタシを差し置いて、いつの間にか彼氏を作ってとっとと出て行ったんだもの、ヒドイじゃない!
あ、別に、あんな奴いまさらどうってコトないわヨ。アタシと同じ赤毛で、けっこうキレイな見た目が気に入って、いつも一緒に寝て、遊んで……それくらいヨ。
それにしても。今回も「伝説さま」は絶好調だったワ。いつものコトだけど。
じゅんっじゅんしちゃうくらい美しかった。いつものコトだけど。1位があの御方なのは、勝負する前から分かってるようなものネ。
それに比べてアタシは。
審査員は頭の固いじいさん達だから、人畜無害な服務規程通りの出で立ちで来たってのに。黒髪に黒いスーツなんて、アタシには似合わないと思うけど、その方がウケがいいはずだから。ようやく立てた大舞台だったのに……
このままフェード・アウトしちゃおうかしら。オフィスの隅っこでつまんない書類を書くだけの公務員に成り果てようかしら……つまんないケド……
そんなコトを考えていると――――衝撃が走った。
「うぴゃああッ」
突然デスサイズで壁に押し付けられたの。小さいけど鋭利な刃先で。このアタシが見切れないスピードで。
「まったく……見苦しいですね」
ウィリアム・T・スピアーズ! 伝説さまのリンゴ磨きにして、秘めた実力は計り知れないと言われている男。
その男が、アタシをゴミクズを見るような冷たい目で見ている。
「ここは公共の場です。己の思考に没入して考え込むなど迷惑千万。まったく……クズが」
力いっぱい、ののしられちゃった! ここまで振り切れた扱いを受けると、逆にほてってくる……と叫ぶ前に、もう一度壁に押し付けられた。アタシの髪が3本、舞い落ちる。黒く染めたままの。
コイツのデスサイズをのどに突き付けられたら、息の根が止まるワ。永久に。
「クズはクズらしく振る舞えば良いものを……まったく」
アタシが言葉の意味をかみしめる前に、ウィリアムは立ち去った。手も早ければ、足も早い男ネ。
要は、最下位だったアタシをバカにしたいのネ、きっと。
「あーあ! せっかく見映えのするイイ男に出会ったのにィ」
死神界で一番見映えのする「伝説さま」の優勝パレードを見るつもりだったけど、気が抜けたアタシはそっと会場を後にした。
*
アタシは王都を引き上げて地元に戻った。
生まれ育った場所ってだけで、愛着を持ったこともない田舎を捨てて王都に出た時は、生まれ変わった気持ちで未来に希望しか見ていなかったのに。
「おやグレルさん。お久しぶりですね」
「セバスちゃん! 50年ぶりかしらッ! 相変わらずイイ男ぉッ!」
昔、ちょっとお付き合いがあった悪魔で執事な男が、久しぶりにアタシに会いたくて出迎えに来た。
「今のモノローグに不備がありましたので、訂正します。以前、この地にやって来た私に目を付けたグレルさんが一方的に絡んできて、デスサイズの訓練に協力しろと強要して、仕方なく応戦して何度か血祭りに上げて差し上げた、というのが事実です」
そう。この男は、昔ヤンチャにやり合って、地元で唯一の目の保養だったのに、ある時、貴族の館で執事を始めるとか言い出した。今や、すっかり牙が抜けて、坊っちゃん坊っちゃん言ってるのネ……つまんない。
「あなたのような方が、王都を離れてもその姿のままでいるとは」
「嗚呼ッ! セバスちゃんが、アタシの体を舐めるように品定めしてるぅッ!」
「……もはや、ツッコミどころが定まりません。そろそろディナーの仕度にかかりますので、失礼いたします」
牙が抜けたのは、あなたの方ではありませんか。
運命に引き裂かれたセバスちゃんは、背中越しにせつない声をかけてくれた。
※妄想と主観による表現
アタシだって、好きな赤コーデしたいわヨ。だけど、すれ違いざまにいちいち見られるのがうっとうしい時って、あるの。だから、目立たないように黒髪に黒スーツで人畜無害なキャラを演じ続けてるの。
「……散歩でもシましょ」
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