位相転移

□Grell! on ×××(本)
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・・・ここは何処?

よくわからない世界に迷い込んじゃったアタシは、とりあえず最強ワードを口にしてみた。

「レッド・デスパワー! メイクアップ!!」

これでアタシは、とびっきりの美女死神になれる――――
 
 

アタシの名前はグレル・サトクリフ。
デスサイズの扱いにかけては自他ともに認めるトリプルAの実力派ヨ。辺境の死神学校を卒業後、王都で開かれるデスサイズ・グランプリに出場を果たして、アタシの名前を全死神界にとどろかせてやろうと思っていたら……結果は惨敗。

失意のまま辺境に戻ったら、突然「伝説の死神」がやって来て、アタシの指導者になるなんて言い出したの。現実が、受け止めきれないワーー!!!



「きみが、いつもトレーニングする場所はどこだぁい? きみのことを何でも教えておくれぇえ。最適なアドバイスをするためにねぇえ〜」

アタシが日課のお花畑通いに出かけようとしたら、伝説さまがぺったりくっついて来る。死神派遣協会の規則にのっとったスーツを着て髪もまとめた、地味であか抜けない陳腐で無個性で地味なスタイルのアタシに。

アタシの面倒なんか見たって、このヒトにメリットがあるとは思えない。デスサイズの扱いにかけては右に出る者がいなくて、死神界きっての凄腕で、王家の血筋まで引いちゃってる、このヒトに。

そりゃあアタシにとっては、箔が着いて注目度がアップして、悪いことなんてないケド。

だいたい、おかしいワ。アタシが知ってる「伝説の死神」は、一分の隙もない鋭い刃物みたいな印象の超絶テライケメンのはず。なのに、目の前にいるのは……

へにゃへにゃと語尾も体も蛇行して湾曲している、不気味な男。強そうにも偉そうにも見えない。

なのに。

「小生が、やって見せようか〜」

鉛筆でも持つみたいに軽々と大鎌を振りかざして、実演してくれる。野生の花たちを傷つけることなく、その下の地面だけを割る。

「ヒッヒッヒ……」

不気味に笑いながらでも、動きは明らかに超一流。辛気臭くて、抹香臭くて、縁起の悪い感じの黒ずくめの姿なのに。威風堂々とした大きなデスサイズを操る姿は官能的ですらある。最期の瞬間に、魂を差し出してもイイって思っちゃいそう。

どうして、いきなりアタシの指導なんて思いついたワケ? どうして、いきなり野暮ったい葬儀屋スタイルのコスプレなんて始めたワケ?

頭の中をぐるぐるめぐる疑問はいっぱいあるケド。

「さ、きみもやってごらん」
「ははは、はいっ、伝説さま!」
「ああ、今はこんな格好だから……そうだねぇ、さしずめアンダーテイカーといったところだねぇえ」

こんなふうに、隙を与えてくれないのよネ。ともかく、これからも王都の一線で活躍する死神でいるために、アタシは次のグランプリで結果を出さなければならない。トレーニングあるのみヨ。


「らっせらーー!!」

かけ声とともに、愛用のデスサイズを振り下ろす。……どうしても力が入っちゃうのよネ。自分でもわかってるんだけど、治せない癖。

「ヒッヒッヒ……束ねた黒髪が揺れて、仔犬ちゃんの尻尾みたいだねぇえ」

そして。またしても、よくわかんないコトを言われる。

「ふむ、きみの髪はとってもイキがいいから、解放して風をまとわせてあげたくなるねぇ。服装も、もっと自分に合ったものにして」

「でででですが、審査員のお偉いさん方が気に入ってくださるように、服務規程通りのお仕着せスーツを着ている方が……」

「生と死の瞬間は、最大限に魂のエネルギーが燃え上がるんだよ。一瞬だけど永遠に匹敵するほどにね」


ナニ言ってんだか、わかんない……

「規律に縛られて固まるよりも、本来の姿になった方がパワーを発揮できるよ。例えばエロティックなコトに及ぶ時だって、生まれたままの姿になるだろぉお」

「えええ、えろ……ッ」

レディに何て例えをしてくるのヨ! このヒト、何歳だか知らないケド、めちゃくちゃオヤジくさいじゃないの! こんなセクハラ話に乗ってやるもんですか!

「いえ、身だしなみは整えなければ。畑から掘り出した土まみれのジャガイモみたいな姿で、人前には出られません」

「おや、こういう話はお気に召さないかぁい?」

大好きデスっ! でも、ここでアナタとはしたくないの!

「それは……魂の取り扱いは厳粛にしないと……」

「経験がないのかねぇえ……」

今、聞き捨てならないコトをつぶやいたわネ! 

ここが職場なら、上司に報告した上で裁判にかけて、勝訴できるわヨ! 

「小生は、治外法権みたいなものだからね〜〜」

ひらひらと手を振りながら聞こえてきた。やだ、アタシ口に出してた?


伝説の死神ことハインリッヒは、死神大王の血族の生まれで、子供の頃から美貌と才知は評判だったらしい。アタシが生まれる何百年も前だから直接は知らないケド。

積極的に世襲制をとっていない死神派遣協会に入ってからも、大きな案件を次々にこなして、異例の出世を遂げて管理官に就任。長い銀髪に縁取られたルックスはテライケメン。

死神だろうとなかろうと放ってはおかないってことで、流した浮名は数知れず。任務での実績やグランプリでの成績は他の追随を許さないものだから、誰も文句は言えない。一晩だけでもいい、と血道をあげる女どもも少なくないんでしょうネ。


それに比べてアタシなんて、そもそも性別を間違って生まれて来てしまった。

辺境では、そういう部分の理解が遅れているものだから、悪目立ちしてばかりだった。イイ男に身も心も捧げたいのに、全然うまくいかない。自分を押し殺しておもねる気にもさせてくれない田舎者に囲まれた悪循環で、浮き上がるのが当たり前になっていった。

実技成績が抜群なのも、反感を買う材料だった。

王都に行けば、こんなイロイロが解決する。
死神派遣協会の本部の都会的なオフィス、イカした男のシネマティック・レコード、アフターファイブのイケメンとのデート。いろんな夢が、かなうと思っていた。

お偉いさんの前では、人畜無害なコスプレをして、技を認めてもらって、オフィスライフを充実させようと頑張ったのに。

こんなアタシの心がどうとか、こんな恵まれたリア充レジェンドにわかるもんですか。

「デスサイズは、確かに人間の魂を狩り取る道具だけど、どんな物にも行動にも、心が入り込んでくるんだよぉ」

「ココロ……」

「そう。中でも最大級のエネルギーを発するのが、エロスさ。恥ずかしがってばかりいちゃあ勿体ない。興味をもってしかるべきさ」

すぅっと、胸の中に風が吹いた。涼やかで、心地のいい風が。

これまでイイ男を見かけるたびに興味をもって夢中になって、そのたびに猥雑だとか下品だとか言われてきたから。
このヒトは、アタシを否定しない。アタシを傷つけないんだワ。


「きみは、小生にどんな立場でいてほしいかぁあい?」

「いっ、いきなり何をっ」

「父親とか、兄とか、友達とか」

どれも、いません。何なら恋人だって、いたことありません。そこまでは言わないケド。
「そそそんなの、必要なんですか?」

「みんな何かしら役割を持って、仮面を着けて演技して生きているんだ。魂を狩る時、他にどんな気がかりがあったとしても表には出さないだろう?」

「ナルホド……じ、じゃあ、主演女優みたいに、舞台でハジけても、いいんですね?!」

それ以来アタシは、お気に入りの赤毛のままでいることにした。

「いいね、舞台映えする綺麗な髪だ。近いうちに衣装も整えようね」

「はいッ!」


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