位相転移

□Grell! on ×××(本)
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最近のグレルは、髪をほどいて生来の赤毛を風に遊ばせるようになった。

「いいねぇ。極上の、血の赤だ。思わず口づけたくなるよ」

「はァ? ナニ言ってくれちゃってんの。セクハラ伝説まで作って、ゴシップになりたいの?」

こんな反応も、してくれるようになったよ。

「血は、生命の根源さ。ほとばしる躍動に、なくてはならないものさぁあ」

「だったら、お触りナシで黙ってアタシの生きるオーラを見極めててよネ」

これで魂を狩り取る死神だっていうんだから、皮肉すぎて笑えるね。グレルの生き生きした声も姿も動きも、小生の枯れていた心に生命を吹き込んでくれる。



その日、いつものお花畑の地面は少しぬかるんでいて、グレルはほんの少し足をとられた。とっさに腕を支えたら、ごく近い距離で吐息を感じた。

湿っていて、温かい。汗のにおいもする。肌の下で脈打つ血潮も伝わってくる。どれも当たり前だ。何ら特別じゃない。生きているんだから。

なのに、その全部が好ましいと小生の五官が感じている。

生きながらにして伝説を作った死神、だなんて大仰なレッテルを貼られて、他人が欲しがりそうなものはたいてい持っていて、努力しても努力だとは認められなかった。やがて、自分の中の何かが枯れてゆくのを感じるようになっていた。

グレルに出会って、水を注いでもらった気がしたんだよ。

思わずグレルの薄い肩を手のひらで包んで、髪に鼻をうずめたのは、ほんの一刹那。このくらいなら許されるだろうか。この仔は「レディ」なんだから、節度は守らないと。

「ち、ちょっと……」

ヒヒヒ……はっきり拒絶するのも気後れする程度だよねぇ。

「密着すると、小生の消えかかった生命でもわかるだろぉ? スキンシップは、心を感じるのに適しているのさ」

心の大切さをわかってもらいたいから、顔も姿も変えてみた。自分で言うのも何だけど、小生の造形はたいていの人間にも死神にも鑑賞に値するものだから、意識がそちらに向かないようにね。

「アンタは、消えかかってなんかないわヨ。高貴な生まれで、高官で、生きながら伝説になって、ウハウハなくせに」

「小生のことを、よく知ってるんだね」

グレルは、これまで小生に面と向かってそういうそぶりを見せたことがない。どんな輩も、小生には尊敬とか崇拝とかがこもった視線を向けてきたものだ。斜め下からね。だから、こんなふうに言いたい放題に言われるのは、とても新鮮な気持ちだ。

最近ハイヒールを履くようになったグレルの目線は、物理的にも小生とほとんど変わらない高さになっているしね。

「死神界で知らないヤツなんていないでしょ。いつだって、ビンッビンに存在を主張しまくってて……」

おやおや、告白でもしてくれるのかい? その主張を感じて意識してくれているって。

「……叩きのめしたくなるワ」

「おおっと……」

さすが小生が見込んだ仔犬ちゃんだ。威勢がいい。

「悔しいけど、まだアタシにはできない。今は」

「今は、ね」

オクターブ低くした声も、透き通ってよく響くね。

「さ、続きやるわヨ! 今のところ、もう一回!」

「ヒッヒ……何百回目かなぁ〜」

「まだ、たったの十三回目。体力ないのォ? オッサンくさいわネ!」

 いつも、こんな調子さ。

一緒に寝ようとダメ元で誘った時の反応だって、ちょっと変わってきた。

「おおおお許しくださいぃ! 私ごときの肉体、お目汚しにしかなりませんー!」なんて言ってたのに、「的確な指導のために、死神に欠かせない睡眠の質をチェックする」という御託には、疑いなく乗ってくれる。

「美容のためにも、安眠は何より大切だもの。しっかり寝かせてちょうだい」

最近では、グレルの方からこんな御託を並べてくれるようになった。仔犬ちゃんの寝顔と体温を堪能することに慣れた小生は、もう一人寝できないかもしれないよ。

長く生きていると、思いもよらないことが起きるんだねぇ。


☆ ☆


何やかんやで、何回か行われる予選の日が来た。死神界じゅうからツワモノが集まって、死神界中が注目する日ヨ。

「こんにちは」

地獄の底を思わせるようなバリトンボイスに振り向くと、見知った顔があった。

「ああっ、補佐官様ッ!」

死神大王の補佐官、死神界のナンバー2にして、実務全般を取り仕切っている影の支配者とも呼ばれる方。

伝説の死神みたいに神格化された存在とは違って、アタシみたいな現場で働く死神がじかに接することもあるヒトで、仕事ができて、強くて、眉目秀麗。こんな方の直属の部下になれたら、薔薇色ハッピーなオフィスライフが送れるに違いないワ。

「やぁあ補佐官くん。調子はどうだぁい?」

「ハインリッヒ様が出場なさらないと、会場じゅうの士気が上がりませんよ。そんな珍妙な格好をなさって」

(この2人って、どっちの方が偉いのかしらネ?)

補佐官様はズバズバ言っちゃうし、アンダーテイカーは、くん付けで呼べちゃう。

「人間の神父が着る服だよぉ。死神が狩りをした後の処理に責任を持つポジションさ」

「せめて、協会員たちが任務に精を出すようなパフォーマンスのひとつでもしてくだされば有難いのですがね」

後処理に責任を……何だか違う方向に思考がトリップしちゃいそうだワ。アンダーテイカーの声って、無駄にエロティックに聞こえる時があるの。生と死をいやというほど見つめてきたせいかしら。

「そう言うきみこそ、エントリーするたびに大勢泣かせているって話じゃないか」

泣かせるですって?! 厳格冷徹一筋で、浮いた話のひとつもない補佐官様がッ?!

嗚呼、それにしても……男前とテライケメンが並んでいると、見甲斐があるわネ。

アンダーテイカーも、普段はへにょへにょ不気味な男だけど、こうして見るとカッコイイ。あの長い前髪の奥に、超絶イカした美貌を隠しているのかと思うと、ゾクゾクする。普段は……一緒にいることに慣れて、意識なんてしなくなってたケド。

そう言えば、生ける伝説と謳われる雲の上の存在が、どうしてアタシの指導なんてやってるんだろう。何がきっかけだったんだろう。こんな大事なコトに、アタシってば今まで気が付かなかった。

「どうせ、私に打ち勝てる自信がないとか言うのでしょう。戦わずして負けを認めるような死神を部下に持ちたくはありませんね……あなたは、グレル・サトクリフさんですか?」

いきなり、矛先を向けられた。

「補佐官様ぁッ! アタシのこと覚えていてくださったんですネ! 嬉しいッ!」

「ヒヒッ、個性的な見てくれが認識されだしたってことだね〜」

そこに、また違ったタイプの几帳面な声がかけられた。

「お疲れ様でございます」

「あああッ、ウィルじゃないのォ!! 久しぶりぃいー!」

「馴れ馴れしく愛称で呼ばないでください、まったく……ただでさえ毒々しい出で立ちをしているというのに」

「これがアタシのあるべき姿なの。好きなものを身に着けてこそ、力を発揮できるってものヨ」

こうして注目を浴びるのって気持ちいいワ。アタシに合っている気がする。トリプル美形に囲まれてるのも、ハーレムみたいでオイシイし。

「あちらの御方も認めているというわけですか」

ウィルは伝説さまのリンゴ磨きとか揶揄されるほど肩入れしてきてたから、やっぱり気になるのネ。

「もちろんッ。アタシの指導者として、親身になってアタシを磨いてくれてるわヨ。ンフ、アナタにとっても、けっこう強敵ヨぉ。熱く火花を散らしましょ」


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