Rot U

□In der privatzeit〜2人の時間
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「そこまでヨ。あとは自分で、指先を使わずにできるから」

「……わかったよぉ。はい、着替えの服」

「アリガト。あっちでチャチャッと着替えてくるワ」

シャツの開きから白い肌が覗かないように片手のひらで押さえて、猫のように丸めた残る片手で用意された服を抱えて、隣室に行く。

まだまだ素肌をさらけ出すことには、程遠い。そんなグレルに、葬儀屋は決して強行に出ることがない。

ぬるくて、甘くて、真綿で首を少しずつ締め上げてゆくかのように苦しい、幸せだ。


夏らしく、薄手のネットとメッシュ生地を組み合わせたキャミソールに、冷感繊維を使ったレギンスという、健康的に爽やかなインナー。この上に、抑え目な赤で仕立てた神父服のジャケットを羽織ると、そこそこストイックなコーディネイトが完成するのだが。

「ねェ、上着は?」

昨日、店の掃除をする時に着ていたのに、見当たらない。

「昨日、いっぱい汗をかいていたからね〜洗濯して乾かし中さ」

「そっか……」

もともと代謝のいい体質だし、手伝いをできることに喜んで張り切りすぎてしまうため、汗びっしょりになってしまったのだ。

「夏用に、ジョーゼットで1、2枚、洗い替えを作っておいたほうがいいね。そのぶん、キャミソールはいちばん赤いのを用意しておいたけど、良かったかい?」

「ええッ! このヴィヴィッドな赤、1枚で着るなら、これに限るワ」

細い肩紐があるだけで、首周りも腕もさらけ出される露出度の高い服だから、セレモニーの場には向かないが、店内の作業だけなら問題ない。

「おや。胸元のフリルが、ひっくり返ってるよ」

「ホントだ」

ごく自然に伸びて来た葬儀屋の指が、フリルを直すついでに。

ぱふん……

白く骨ばった手のひらが、軽くそこに押し付けられる。

キャミソールは、女性仕様の市販品だ。女性が「1枚で着る」ために、内側にはパッドが装着されている。ささやかな丸い起伏が人工的に生まれて、嬉しいような寂しいような気分をもたらしてくれるのだが。

葬儀屋の手が触れているのは、あくまで人工物。素肌に直接触れられるのとは雲泥の差だ。わずかながらも厚みのあるパッドが、刺激が伝わるのを遮断する。

何も、感じない。視覚的にはともかく、それは本気ではなく、戯れにすぎない。

これが他の男になら、触られちゃったぁーん、などと言ってみせるところなのだが。


「女らしく」外見を飾るのは大好きだが、葬儀屋には中身まで触れてほしい。「女らしく」なくてもいいから、自分の、ナカに。


(……って、何? アタシ、何を考えて……)

これまで知っていた自分の世界にはなかったような感覚や感情が生まれて、行動を規制する。

(ワケわかんない……)
わからないが、不快ではない。どこがどうとは言葉にできないが、何だか、ほわんと居心地がよい。

わかっているのは、そんなすべてを、目の前にいるこの恋人がもたらしてくれているということで。

「ああ〜〜今日も真っ白い肌だねぇえ」

そんな恍惚とした声が、グレルのぼやけた思考を中断する。

「今日も、って……昨日の今日で変わるわけナイじゃない」

「毎日たしかめておきたいじゃないかぁあ。小生の仔犬ちゃんの、意気の良さとか健康状態とか……いちばん大事な心は、大事だからこそ、わかりづらい。当人にとってさえ、正しく把握できないこともあるからねぇ」

「そんなモノなの?」

「自分で自分の気持ちがわからなくなってしまう時もあるんだよ」

「ああ……確かにあるわネ。抑えきれない衝動に負けて、突拍子もないコトをしでかす人間は、たくさん見たことあるワ」

「ヒヒヒ……だからねぇ、小生には、きみの体のお世話くらいしか、してあげられない。だからこそ、大事なことなんだよ」

「そうネ。身も心も美しくなるためには、お手入れは大事よネ」

2人の意識も意図は、どこかズレて噛み合っていないのだが、それに苛立ちを覚えるのか、神秘を感じるのかは、紙一重だ。

心は、究極的には、他者と共有することはできない。それを、体をつなぐことで補い、満たされようとするのが恋人同士なのだろう。


葬儀屋との日々は、万事がこんな調子だ。

荒野に孤高の女王として君臨してきたように自らを位置づけているグレル(要するに、モテた経験がゼロ)にとって、毎日フワフワした雲の上にいるみたいな、甘くて、くすぐったくて、幸せな時間が続いていた。

もっとも、頭の中では常に、もっとたくさん触って触られて、奥の奥までひとつに溶け合う機会を虎視眈々とうかがっていたのだが。

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