Rot U
□Versuchung〜誘惑
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★本文中の「○」には、お好きな自然数を入れて下さい。
「アタシ、熱があるみたい」
神妙な面持ちで、グレルが言い出した。
「どれどれ?」
葬儀屋は慌てず騒がず、立ち上がる。定位置になっている店舗の奥の壁際で、椅子がギィ、とうめく。
長い手足をだらりと動かして、グレルの方に寄って来る。風など吹いているはずのない屋内なのに、葬儀屋の「気」が流れているような感覚があって、グレルをいつもうっとりさせる。
「ちょっと触るよぉ〜」
熱を測ると言うなら、普通は手のひらを額に当てるものだが。
「ふむ……首筋とか、耳の後ろとか、こめかみとか……熱がこもるポイントは、そこかしこにあるからねぇえ」
そんな講釈をたれながら、あちらもこちらも、手のひらを当て、指で撫で、そのあとを唇でなぞっていく。
体温が低い葬儀屋の肌は、ひんやりと心地よい。
「小生のほうも、敏感なところで確かめないと……わずかな変化に気付けないからねぇえ」
グレルは、赤い髪の生え際のこめかみあたりが、特に弱い。少しでも触れたら、全身をピクンと跳ねさせるほどに。そんなことは誰より良く知っている葬儀屋は、そこに繰り返し繰り返し刺激を送って来る。
(具合が悪いって……伝えたはずなのに……)
グレルは、ぼやけた頭で考える。こんなに触りまくられたのでは、余計に熱が上がってしまう。
(計算通り………ネ)
すっかり赤みを増した頬に笑みを刻んで、艶めかしい媚を浮かべる。女優の技だ。
葬儀屋とこんなふうにするようになって、そこそこ経つのだから、自分から誘って仕掛けて、葬儀屋を惑わせるくらいのコトは、するべきなのだ。いつまでも生まれたての仔犬のように、ぷるぷる震えながら与えてもらうのを待っているだけではイケナイ。
そう、自分に誓ったのだ。大人のレディの技を身に着けると。
なのに。
葬儀屋の歯が、まぶたをカスメる。ごくやわらかい皮膚に、硬質で異質な感触がつたわる。それだけなのに。
「………っ……」
思わずハァ、と漏れかけた吐息は、葬儀屋の唇にいともたやすく吸い込まれる。
(んっ……、計算以上の、威力だワ……)
重なり合う2人の唇の温度差が、溶け合ってゆく。
一昨日は○回しかキスしていない。昨日に至っては、更にその半分の回数だった。
別段、お互いの仕事が立て込んでいたわけでもないのに。どういうわけか、こんな結果になってしまった。これは見過ごせない事態だ。
だからグレルは、子どもやペットが自分にかまって欲しい時にするように、体の不調を訴えた。本人がそこまで意識していたかどうかは別だが。
理性や理論よりも、本能から生まれる言動が、グレルのグレルたるゆえんだ。
今まさに、それを駆使して、葬儀屋からのキスを勝ち取っている。
とびきりの超絶テライケメンにして死神界のレジェンドたるこの男を、手玉に取っているかと思うと、誇らしくなる。
「口の中も……熱いねぇ……」
(ちょっと……この近さで、そんなコト……)
グレルの熱い舌は葬儀屋の冷たい口内に招き入れられて、いっそう火が点いたようになっている。そこへ、葬儀屋がしゃべるのに合わせて、微細な振動と刺激が、不規則に加えられる。
(キス自体も、好きだけど……)
夢見心地で、こっそり薄目を開けてみる。最近になって、こんな芸当も覚えた。
グレルしか許されない近さで、グレルだけに宝石よりも輝く双眸を垣間見せながら、グレルだけに、腰の奥を直撃するような低音を聞かせてくれる。
これを極上と言わないで、何と言えってのヨ−−−−
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