Rot U
□Offen〜開く(後)
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A
戸惑う間も与えず、葬儀屋の器用な手は、グレルの両足を固定してしまう。折り曲げられた膝はリボンで縛られ、左右に開かれた形でベッドの枠にくくりつけられている。感心せずにはいられない手際のよさだ。
「今夜はこのままでヤリたいんだ」
「嫌ヨ!」
反射的に答える。いかに魂の底まで射抜くがごとき艶を帯びた深みのあるバリトンで囁かれても、簡単に引き下がるわけにはいかない。
「どういうつもりで、こんなコト……ッ」
本気で力をこめればリボンを引きちぎることは出来たろうが、それ以前にグレルの頭の中は戸惑いで占められていた。もともと葬儀屋に組み敷かれる体勢だから、上半身だって自由に動かせるとは言い難い。体をひねってもがくのが、せいぜいだ。
「ヒヒヒ……」
生まれたままの丸裸で、スラリと伸びた足を折り曲げる姿は葬儀屋の頭の中にイメージを浮かばせる。
(ずいぶん幼く見えるねぇ……)
幼子に無体を働いているような背徳感に、それだけで酩酊しそうになる。グレルはとうに成年に達しているし、そんな姿勢を取らせているのは他ならぬ葬儀屋なのだが。いや。むしろ、それゆえなのかもしれない。
「やだ……! これ、ほどいてヨぉ」
もがきながらも、葬儀屋の無遠慮な視線を受けて、下半身の中心のソレは角度を持ち始める。
「荒療治だけど、よくなるよ、なれるよ。もっともっとヨクなろうよぉ〜」
そんな言葉で、一応の説明はするものの。
「なに……何のコト、言って……」
すぐに納得させられるものではないのは百も承知だ。
論より証拠。理論より実践だ。
「ほぉら、元気になり始めてるよ……」
手始めに、ぺっとりと指で包み込んでやる。上半身はのしかかったまま、同時に唇をぺろんと舐めてやる。
「きゃっ」
ささいなことなら、ぎゃあぎゃあ騒いでテンションも声も張り上げるグレルだが、上げた声は意外に静かだ。 それだけ重い、深刻なことだからなのだろう。
グレルの瞳のペリドットは輝きを弱めて、不安やら怯えやら、ないまぜになった視線を投げかけて来る。
抵抗や反抗といった、これまで葬儀屋に向けてきたことのなかった感情も多分に含んでいる。それは、赤子のものとは程遠い、はっきりした自我を備えたものだ。
「たまらないねぇ〜」
「たまらないって、どういうコトよ、それ」
「どうしようもなく魅力的で、そそられるってことさぁあ」
「そんな……ッ」
そんなモノをさらけ出して、葬儀屋の鼻先にぷるんぷるんしている状態が、魅力的であろうはずがない。
自分の体が「男」であるがために。生まれ落ちた時、たまたま「男」であったがために、永久に付きまとう 問題であり、足かせなのだ。
劣等感やらコンプレックスやら自己嫌悪やらがグレルの頭の中で渦巻いてしまっては、いけない。それより先に葬儀屋が、体を下の方にズラして仕掛ける。
「きみの足は、いつ見てもキレイだねぇ〜」
膝裏から太ももまで、舌を這わせて手触りと温度とニオイとを確かめる。
きゅっと締まって贅肉などとは縁のない、でも筋肉はほどよく付いた足。普段は服で覆われているため日に焼けることのない雪より白い肌はサラサラして、なのにほおずりすると、しっとりと吸い付くような感触だ。
「ああ〜……いいねぇ……」
葬儀屋が、あまりにも恍惚とした声を上げている。自分の、足を愛でている。
悪い気がしようはずがない。
グレルの頭の中でわずかずつ、足を愛でられている悦びとソレが丸見えだという 不快とが、秤の上で揺れ動く。
「ん……くすぐったぃ……」
「ヒヒ……それだけじゃ、ないだろぉ〜」
「リボンが……食いこんじゃって、ヤだ……」
「デスサイズで切ってみるかい? 刃物の扱いは得意だろう」
そう言われたところで、肉に食い込んでしまっているものは、切るに切れない。
アリアドネの糸なら、切れないし、もつれないし、ほどけない。テセウスを迷宮から救い出すことができる。葬儀屋が結んだリボンは、繊細なフォルムで柔らかくも強固に、グレルをつなぎとめて逃げ場を封じる。
むろん葬儀屋は、足だけでなくグレルの股の間の眺めをチラチラと、マジマジと見て楽しむ。
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