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□GGG
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死神大王には、有能な補佐官がいる。
普段は王宮の奥にこもって執務にいそしむのが常なので、時たま外出するとなれば、音に聞こえた美丈夫ぶりを一目見ようと、死神たちが群がってくる。
その日は、死神界の辺境視察から帰還してくるという情報を受けて、何時間も前から人だかりが出来ていた。
「うわ……いい場所はすっかり取られちゃってるワ。こっちは必死に仕事を片付けて来たってのに、みんな暇なのネ」
グレルが勝手なことをつぶやいていると、馬車が止まってどよめきが起こった。いよいよ補佐官が降りてくるようだ。
「あーん……これじゃなんにも見えやしないじゃない……こうなったら」
欲望に目がくらんだくグレルの行動力は、常軌を逸する。
「オラオラ、このコの餌食になりたくない奴らは道を空けなさい!」
力ずくで周囲を蹴散らし、デスサイズまで持ち出して、群衆の中に突進して行く。
補佐官とは別の意味で有名すぎるグレルを見とめた死神たちは、自分の身かわいさに場所を空ける。モーゼがエジプトを脱出する時に道が出来たのは紅海で、深紅のミサイルと化したグレルによって邪魔者が道を空ける。
「おぉっ、と……」
勢い余ったグレルは、補佐官めがけて突進して行く。
フルパワーなバイブレーションがスパークした状態のデスサイズを臨戦態勢にかまえて、それでもグレルは叫ぶ。
「危ない! よけてッ!!」
右の耳から入った声が一直線に左の耳に突き抜けるより早く、百戦錬磨の補佐官は右足だけを浮かせてサッと身を翻す。
デスサイズの振動は、地面に吸収される形でおさまった。
持ち主の体は、元の位置に戻った補佐官の力強い右足の下敷きになって、息の根を止めた。
***
「いいの。アタシは現役死神界ナンバーワン美形の丈夫(ますらお)補佐官様に踏まれただけで本望DEATH」
湿ったため息をつきながら、グレルは頬を染める。
動かなくなったところを同僚に回収されて、オフィスに運ばれるまで、数分。深手ではなかったので、息を吹き返すのも早かった。死神としては当たり前のことだ。しかし、当たり前ではないことが、起こっていた。
「まったく、あなたという人は。任務以外でのデスサイズ携行は禁則事項だと、何度言えば理解するのですか」
これまでにもあったのか……ウィリアムのぼやきを聞いたモブ死神たちは、呆れるのを通り越して感心する。
しかし、問題はそこではない。
いま目の前で、ありえない、あってはならない非常で異常で荒唐無稽な事態が勃発しているのだ。
補佐官の靴に踏まれたグレルは、靴底に付いていた「何か」の作用によって、とんでもないことになっていた。
好みのモフモフだか動植物だかを通りすがりに採集した補佐官の靴に付着していたのが、どんなバクテリアだか物の怪だかはわからない。そもそも辺境地域の生態系は、いまだ未知数。王都の死神がうかつに関わるのは危険視されている。辺境出身のグレルだからこそ、この程度ですんでいるのかもしれないのだ。
「「「だって、あんなイイ男が近くにいたら、じっとしてられない
じゃないのッ!」」じゃありませんか!」
耳をつんざく声は三倍以上の三乗くらいになって、ウィリアムのデリケートな鼓膜にダメージを与える。
そこに並んでいるのは、深紅の死神と、黒い姿の執事と、不思議ないでたちのチェシャ猫だった。
グレルが三人に分裂していた。「三人」という表現は、猫が含まれているためイマイチだ。分裂と言うよりも、「増殖」や「増加」と称した方が適切かもしれない。
ともかく、言葉にしがたい事態に、モブ死神たちは恐れおののいて遠巻きにするばかりだ。
「辺境に棲息する霊的な何かが非常識なコレの精神に感応して、身体的影響を及ぼした結果として、物理的に増加するという現象が偶発している……といったところでしょうか。まったく、非常識きわまりない」
かろうじてウィリアムは事態の分析を試みるが、神経を激しく逆なでされて、思考が停滞する。
「わーお。執事グレルさん、久しぶりッス」
ひょいっと顔を出したロナルドが、チャラチャラと挨拶する。
「あ、あなたは……後輩のロナルドさん! お久しぶりです。相変わらず軽くていらっしゃいますね」
「へへっ。それがオレのアイデンティティーなんで」
執事姿のグレルは、実はロナルドのお気に入りだ。ヒールを履いていないから少し小さいし、年下を無条件にパシリと認識するような傲慢さもない、文字通り「上から目線」がなく、毒々しいメイクもしていない執事グレルなら、ちょっとアリかもしれないと思っている。
上層部のお偉方に呼び出されて処分だの訓戒だのを受ける時のグレルは、人畜無害で従順な公務員を演じるためのコスチュームとして黒髪に黒いジャケットにヒールのない靴で出向く。そうした機会は他の死神に比べてけっこうあるのだが、仕事の現場でのみ顔を合わせるロナルドらが目にすることは、ほぼ皆無だ。現場大好きなグレルにとって、己の晴れ舞台では「最高にイカした姿でなきゃダメなのッ!」という信条があるためだ。
チェシャ猫は、猫であるのかどうかもよくわからない生き物だが、耳と尻尾を持つ柔軟な体で、M字開脚だって軽々とやってのける。道案内をしてくれるらしいが、舞浜では我先にとアトラクションに走って行きそうだ。
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