Rot U

□GGG
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ともあれ、本来は同一の存在であるはずだから、ウマが合うかと思いきや。

「そもそもネぇ、アタシがデフォルトで本体ヨ! 派生したアンタたちは引っ込んでなさい!」

「アタシなんか、世界中で人気のキューティー・キャットよ!」

このあたりの発言は、スレスレのラインにあるが、ここでは追及しないことにする。

「私は、これでも補佐官様の執事です。あなた方は任務に戻っていただかないと、現場の処理が滞ります!」

これは、明らかに思い込みの妄想でしかないのだが、激務に追われる補佐官の耳に入る機会などないので、よしとする。

「同族嫌悪というものでしょうか。まったく……」

一向に収まる気配もなくャーギャー騒ぐ二人と一匹に、ウィリアムの眉間のシワが深くなり。

「ええい! お黙りなさい」

ついに手(高枝切り鋏)を出した素早い一閃によって切り裂かれるまで、喧騒は続いた。

ウィリアムが提示した、安心かつ安全な捕獲方法、つまりは協会員総出の人海戦術でもって、赤い死神グレルと執事グレルとチェシャ猫は、揃って「反省室」にぶち込まれることとなった。

***

「――――という事態が勃発いたしました」

ロンドンの不気味なものが集まるノクターン横丁にある葬儀屋は、死神界の「伝説」が営む店だ。この御方は、他の追随を許さない輝かしい功績を作るだけ作ったと思いきや、あっさり現役を引退して、人間に交じって商売などしている変わり者だ。グレルに言わせれば「見つめられたらゾックゾクする超絶テライケメン」で、ウィリアムにとっては、少年時代に読んだ本に出て来た英雄として刷り込まれている存在だ。必要性が生じた時には率先して出向いて来るのは、大人になった今でも、そんな気持ちが残っているということか。

「あなた様の御手をわずらわせるのは甚だしく遺憾ではございますが、何とぞ御力添えをお願いいたしたく、お伺いした次第です」

ぴしりと伸ばしたままの背筋を深々と折り曲げて、慇懃に頭を下げる。

対する葬儀屋は、いつものように不気味な笑みを浮かべるだけだ。

「ヒッヒッヒ……あの仔はいつも、面白いことをやってくれるねぇ。退屈している暇がないよ」

「笑いごとではありません。規定に則った日に三度の食事支給の際ですら、既に係員が『注文が多すぎて対応しきれないッス! ワインだのスイーツだのスキンケアだのと、持って来させるんです。断ると、どんな報復を受けるか、わかったモンじゃありません!』と身の危険を訴えています。かくなる上は、あなた様に御足労いただくしかないと判断いたしました」

「そりゃあ、勿論かまわないさぁあ。それで、解決のめどは立っているのかい?」

「鋭意、模索中です。原因がバクテリアなのか細菌なのかは判明しておりませんが、辺境独特の生態系が、同じく辺境で育ったグレル・サトクリフだけに作用したという点が手がかりになるということで、科学課が精査を始めておりますが、なにぶん非常識な事態ですので」

常と変わらぬ坦々とした口調はウィリアムの個性だが、いつも以上に熟語が多くて実際のところ意味不明なんですけどーという口上から、本気で困っているのが見て取れる。実務能力とデスサイズさばきだけでは、この珍妙な事態に対処しきれないのも肯ける。

「わかったよ」

語尾で言いよどんでしまったウィリアムを制して、葬儀屋がゆったりと立ち上がる。

「様子を見に行くとしようかねぇ」

「はっ。恐れ入ります」

――――小生にとっては、奇妙奇天烈なパラダイスに他ならないねぇえ……そんな浮かれた気分が、葬儀屋の口角をニィッと持ち上げた。

***

一方、反省室。

ウィリアムに、うるさいと一喝されて二人と一匹が押し込められた部屋は、正式には「特別防音性機密室」という呼称があるものの、誰もが「反省室」と通称していた。

特別仕様の厳重な結界が施されているため、死神の力では破ることができない。グレルのように規定違反をやっちゃった者がしばらく入れられる部屋なので、いつの間にか「反省室」と認識されるようになった。

チェシャ猫は、野性の本能で、落ち着きなく獲物の気配を伺い続ける。壁に体を擦り付けて歩いているが、ヒゲがないから、危機察知センサーはイマイチ働いていない様子だ。

執事グレルは、「ととと、とりあえずお茶を淹れます……あああっ! コンロも暖炉もありませんん!」などとあたふたして、石の床ですっ転んでいる。

死神グレルは慣れたもので、「ここんとこの石の出っ張りとくぼみが、腰かけるのにちょうどイイ感じなのヨ。すきま風も当たらない角度だし」と、早い者勝ちで「特等席」を陣取って、仕切りだす。気密性の高い室内での「すきま風」とは、もちろん物理的なものではないから、他の死神とは共有できない感覚だ。

「で? どーするのヨ。このままじゃアタシたち、まとめて地獄送りにでもされかねないわヨ」

「まま、まさか、そこまで非道なことは……」

「甘いワ。とびっきりの深紅のドレスは、一枚しかないの。髪に飾る深紅のバラも、一輪だけ」

的確さに欠ける比喩だが、もともと同一の存在であるためか、執事とチェシャ猫は理解したようだ。

「奪い合うの?」

「争奪戦ですか。誰が生き残るにふさわしいか」

執事グレルは、草食系の生き物だ。本来なら戦いなど不向きで無縁なはずなのに、どこから出したのかポケットサイズの各種刃物を握っている。

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