Rot U

□Badezeit〜バスタイム
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「アタシだって、アナタとヤリたい放題ヤリまくって、それでイイ仕事もできるんなら、そっちの方がイイに決まってるワ。でも、そううまいコトいかないんだから」

葬儀屋の名望があまりにも高いため、少々のことがあっても悪く言う者などいない。一方で、グレルが少しでも失敗したら、葬儀屋と無闇にいちゃくり合い過ぎて、寝不足なのだろうと言われる。下手をすれば、付き合わされる葬儀屋の方が同情されかねない。

「でも、今夜はそういう気分じゃないんだろぉ?」

実際には、こうして意地悪く蒸し返すのが葬儀屋なのに。

「時間がないのと気分じゃないのは別ヨッ」

グレルとて、それは即座に否定する。せずには、いられない。

「そもそも、演技ヨ! 決まってるでショ! 女優として、平常心を装うくらい出来るわヨ!」

公衆の面前では下品だの猥雑だのと言われる言動を繰り返すグレルだが、なぜこの場で演技するのか、と言われれば。

「こ、ここ、恋人の前で特別な顔を見せるのは当然じゃないのッ」

グレルのこういう発想は、人によっては付いていけないと感じるようだが、葬儀屋にとっては目新しくて楽しいものだ。

「アナタといるせいで、アタシが使い物にならなくなっただなんて、言われたくないじゃない。……事実、ちょっと足腰にキちゃってる時もあるし」

若さの特権たる好奇心の塊であるグレルと、類まれなる耐久性を備えた逸品を持つ葬儀屋だから、それは致し方ないとして。

「せめて、アタシは恋と仕事の両立のために努力したんだって、自分に言い訳できるようにしておきたいじゃないのッ」

さっき水をかぶってから時間が経っているので、せっかく温まった体は冷えてしまった。バスタブを満たしていた泡も、ほとんど消えている。グレルの顔だけが、紅潮していた。

「ヒッヒッヒ……」

いつもの不気味な笑いを浮かべながらバスタブから出て、グレルの肩を抱き寄せる。

「わかったよ、仔犬ちゃん」

いつものへんにょりしたイントネーションを、グレルのまっしろい耳元で響かせる。

「ん……っ」

細い肩を巻き込むようにして、長い腕の中に閉じ込めて、ナデナデする。その指遣いは、小動物を愛玩するかのようでいて、どこか違う色を含んでいるようでもあって。

「結局、何がしたいのヨ……」

事ここにいたっても、最後の砦とばかりに葬儀屋の顔を直視するのだけは防いでいるグレルが、ため息まじりにぼやく。

バスルームで肌と肌とを密着させている恋人同士で、いまさら訊くのも野暮というものだが。

「今夜は小生が、たぁ〜っぷり甘やかして、ぐっすり眠れるように寝かしつけてあげるよぉお」

ここまで言ってから、スッと体を離して。

「……安心して、お休み」

吐息がかかるほどの距離で、正面から視線を合わせて、囁く。

「〜〜〜〜〜ッッ!!!」

この男は、自分のテライケメンっぷりを把握しているのだろうか。エロティック・バリトンの威力を理解しているのだろうか。この際それは、どちらでもいい。

「……眠れないわヨ……眠れるワケないでショ……」

どうあっても、白旗を揚げるのはグレルの方だ。葬儀屋に、勝てるわけがないのだ。それでも構わないと思ってしまうのだから、どうにもしようがない。

「もう吹っ切れたワ。彼氏が伝説の死神のテクニックでアタシを寝かさなかったんだって、言いふらしてやるんだからッ」

「ヒッヒッヒ……それじゃあまずは、濡れた髪を乾かそうかねぇ」

「たーっぷり時間をかけて、お手入れしなくちゃネ。してくれるんでショ?」

「もちろんさぁあ」

二人の夜は、とてつもなく長い。


Endlos.



〈あとがき〉

あいもかわらぬバカップルです。グレルの猥雑な言動は、葬儀屋といることでますます増長された、という、他愛のない日常話でした。


20190711
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