Rot U

□Geschlossener Raum〜密閉
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「あの御方だって男だ。エロティックに誘われれば、その気になるし、その気になった相手を無下にはできない。そういうものだろ?」

「……アタシがそうしてるって、言いたいワケ?」

「俺は、褒めてるんだぜ。うまい処世術だって」

グレルが色仕掛けで「伝説の死神」をたぶらかし、たらしこんで自分のパトロンにしていると、勘繰る輩は少なくない。もう慣れっこだ。

「大物すぎる恋人を持つと、そういう言われ方されるモンなのヨ。それにアタシ、こう見えて打たれ強いの」

自分が悪く言われることには、かなりの経験と免疫を持っている。良くも悪くも――――たいていの場合、悪い意味で――――目立つのがグレルの個性だから。しかし。

「さっきまでは半信半疑だったさ。だけど、こうして誰もいない薄暗い所であんたを見ていたら、ますますそう思えてきたよ」

男のメガネの奥が獣の光を宿すのがわかって、グレルは身構える。しかし、それより早く、男の手がグレルの利き手を封じる。残る片手は壁について、檻のようにグレルの退路を封じる。

「助けを呼んでも無駄だぜ。この部屋を使う暇な奴なんて、いないからな」

「く……ッ」

正面から見据えられて、グレルは唇を噛みしめることしかできなくなる。

なんて下劣な男なのだろう。死神なら誰もが持つ黄緑色の瞳はペリドットのごとき輝きを放っているが、ほだされるものか。サラサラ流れる銀髪が頬をくすぐる感触も、うとましいだけだ。

(でも……まっすぐ見ていられない……)

男の、整った顔立ちが、余計にイラつかせる。それに気づいた自分にも、イラつく。

グレルが視線を逸らそうとするのを、男は見逃さない。

「俺だって、自分の容姿にはけっこう自信があるぜ。あの御方に、それほど負けてるとは思わない」

「でも、でも……ッ、彼はアタシに、こんなふうにしないワ! いつだって優しくて、誰より綺麗な顔には、いつだって笑いを浮かべてるし、キスだって……」

「へぇ……どんなキスをするんだ?」

こんな奴を相手に、する話ではない。それは、わかっているのに。

「アタシが自分で息の根を止めちゃうのを心配して、ゆっくり休み休みしてくれて……長い時間をかけて、丁寧に……」

言い終える前に、ついっと傾けて近づいてくる男の顔に気が付いて、逃れるように顔をひねる。

「いいだろ……キスくらい。何回もしてるんだろうに」

「ナメないで! そんなに安い……と、思わないでよネ!」

いけないいけない。こんな場面で、いつものように「女」と自称したら、あげつらわれるに決まっている。こんな、つまらない男に。冗談じゃない。

しかし、男はあきらめることも引き下がることもしない。片手でグレルを押さえたまま、残る片手で、器用に胸元のリボンを外しにかかる。

「何、すんの……」

精一杯もがくグレルをものともせず、シャツのボタンを開かれてしまう。

「なんだ、キスマークのひとつもないじゃないか」

しげしげと覗きこまれて、顔に血が集まる。

「見られただけで感じるのか? 誰の手垢も付けさせないで、大事に磨き上げてます、って見せかけて」

「やめて、離してヨ! アタシ、実技には定評があるって知ってるでしょ? 大ケガするわヨ!」

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