Kurz

□Sehr nett〜イカした先輩
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――――約十年前のこと。

死神派遣協会は、福利厚生のひとつとして人間界各所に保養施設を持っている。閑散期、つまり死者が少ないであろう期間を見込んで、それぞれの部署を四等分して、人間にも人気の避暑地での慰安旅行に順番に出かけることになっている。費用の個人負担はないものの、2泊3三日の日程は、ミーティングという名の堂々巡り、研修という名の読書会(過去のシネマティック・レコードを読んで、死に値すると判断したタイミングの遅速を議論するという名目で、実は単に人間の人生ドラマの感想を言い合うだけ)、親睦会という名の気づまりな上司との晩酌、掃除当番まで割り当てられる、体育会系の合宿における下級生のごときスケジュールが組まれるので、多くの者がゲンナリする。

基本的に全員参加、はっきり言って苦行でしかない年中行事が、ようやく終わりに近づいていた。

「サトクリフ先輩、よく最後まで残りましたね。オレなんか、もうクタクタで……」

ロナルドのような気質の持ち主は、特に神経がすり減ってボロボロになる。

食前の訓戒と祈り、朝の訓辞、昼のディスカッションその実お偉いさんの無駄話、夜の肝試しに枕投げ……ではないだけマシだという集団行動に、お偉いさんの晩酌のお相手……と盛りだくさん拘束されまくり2泊3日コースだ。

「まぁネ、大人ですもの」

お気に入りのスキンケア&ヘアケアグッズを持ちきれないほど持ち込んで、徹底的なセルフケアに励んだおかげで、グレルの顔はかなりスッキリ見える。

「参加は表明してもドタキャンするとか、田舎くさいのは生理的に合わないとか言い出すものと踏んでたんスけど」

「お黙んなさい、坊や。この自然の風を感じて楽しみなさいヨ。大人なんだから」

実はロナルドは、女子たちと賭けをしていた。サトクリフ先輩は、途中で音を上げるに決まっている。その原因は、

1 好みの男がいない
2 虫が多い
3 娯楽がない

ロナルド的には、とにかく目立つグレルをネタに鋭い洞察力を発揮して、女子と親しくなるきっかけゲット! と思っていたのに。

死神寮では管理課の監視・監督のもと、整理整頓、清潔無臭が保たれているために知られていなかったが、そもそもグレルは辺境で育ったので、たいていのことには免疫がある。

宿泊施設の招かれざる黒い客を的確に仕留めて女子の歓心を買っていた姿は、忘れたくても忘れられない。都会っ子のロナルドには、マネできるはずもない、阿鼻叫喚寸前の光景だ。

「日頃の都会暮らしでは味わえない空気を満喫してこそ、都会に戻った時にモチベーションを上げられるってもんヨ」

「さすが、サトクリフさんは深いですねー」
「本物の都会神(ジン)だわ」

女子の一群が、グレルを取り囲んでキャッキャしている。グレルの方も、

「アンタたち、わかってるわネ。正直、女子になつかれても、どうってことないケド、悪い気はしないわネ。アタシの魅力がわかるのは、趣味がいいワ」

という具合に、うまくあしらっている。

ロナルドは、心の中に風が吹き抜けるのを感じていた。

なぜだろう。こんなにイッちゃってる性別不明の規定違反死神が、なぜ女子にチヤホヤされているのだろう。

「あーロナルド、そこの備品入り段ボール、本部まで運んでってネ」

「えー? ……わっかりました……」

口答えしても無駄なのは、身をもって経験している。

「アタシたちは直帰してカフェでオーガニックなメニューを食べに行くから」

「そりゃ、ないよ……」

女子とカフェごはん。それはもはや合コンと変わらない。

(ちくしょー、羨ましい。合コンの達人、死神派遣協会ナンバーワンのナンパ師と称されたこのオレが、得体のしれないサトクリフ先輩に後れを取るなんて)

グレルの取り巻きの中には、今回の旅行中、夜の中庭を一緒に散歩した女子Aもいる。
そうだ、せめて彼女だけでも。

「ねーねーAちゃん。オレ、ダッシュで荷物かたづけてくるから、その後きみの部屋に顔出していい?」

さりげなく腕をつかんで、さりげなく耳元でささやいてみる。

「私いま、エイト・プリンスの実家住みなんだけど」

「………………そ、そっかぁ。じゃあ、あの、
また明日! 職場で声かけるよ!」

「ちょっとワカゾー」

そのやりとりは、ごく小声でなされたのだが、目ざとく耳ざといグレルには隠せなかった。

「エイト・プリンスのどこが悪いっての? あぁ?」

辺境育ちがコンプレックスなグレルは、この手のリアクションを見逃せない。

「いや、それはその、悪いとかいう問題じゃなくてッスね……」

慌ててロナルドは弁解する。

とことん女好きなロナルドだから、物理的条件さえ許せば、エイトジョー・アイランドまでだって出かけて行く気概を持っている。今夜は、物理的に無理なのだ。

「オレ、今夜は西インド泊まりだから、本部に行った後でエイト・プリンスから移動するのは、いくら何でも時間ないんス」

西インドとは、バリトン・ボイスのカーンサマーを連れた王子の故郷ではなく、その国の人がたくさん住む町の異名である。ロナルドは、そこで一人暮らしをしているお姉様と半同棲状態なのだ。死神寮をちょこちょこ抜け出して、フリーダムおうちデートをちょこちょこ実行しているリア充なのだ。2泊3日ぶりに、今夜はどうしてもそちらで泊まらないと、信用をこっぱみじんにしてしまうのは必至だ。

「何ですってェ? アンタそれ、フタマタってことぉ?! 女をナメてんじゃないわヨ!!」

「ちょ、先輩、声デカい……」

グレルの声はよく通るため、制しても制しきれず、女子連中が騒ぎだす。

「ノックスくん、どういうこと?」

「ひどいじゃないの」

「アンタたち、こいつの正体わかったでショ? 良かったわネー。傷が浅くすんで」

「はい! もう少しで騙されて弄ばれて、ドロドロになるところでした。サトクリフさんのおかげで、助かりました!」

もとよりロナルドが声をかけやすいタイプの女子だ、傷つくというより、あっけらかんと流してしまう。それは、良いが。

そんな流れで、Aちゃんのみならず、居合わせた女子はすっかりグレルに持っていかれてしまう。

「ひどいのは、どっちだよ……」

もはやロナルドは、がっくりうなだれるしかない。

「アンタたち、イイ男に出会うまで安売りしたら女がすたるわヨ。淋しければ仔犬ちゃんでも飼うといいワ。つまんない男より犬の方が、よっぽど癒してくれるわヨ」

「わかりましたー」

こうして、グレルが女子人気を絶大なものにした一方、一人残されたロナルドは心に誓った。
来年からは、こんな旅行ぜっったいにサボってやる、と。


死神派遣協会は、今日も安泰である。




〈あとがき〉

今更ながら二人組の歌手「東京プリン」氏に哀悼の意を表して、「合コン哀歌」「犬好きの女」を一部使わせたいただきました。八王子も西葛西も、リアルに縁深い、お気に入りの場所です!
この年、ウィルは別の班なので同行していません。
私にしかわからない伏線を張っているので、次回、回収します。


20190717
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