Kurz

□Mezhdunarodnaya liniya peremeny dat〜日付変更線
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〈まえがき〉

高度一万メートルでリビング・レジェンドは何を見るのか? 生ぬるい笑いをいただけましたら光栄DEATH。

前に書いた話の設定を引きずっていますが、単独で読めます。ご都合主義で好きなキャラを出会わせたくて書いたクロスオーバーです。

ヴィク勇を日々の糧としていますが、ヴィク勇にはなっていません。公式より薄い程度のブロマンス的な何かです。ここにはカッコいいヴィクトルはいません。


アメリカと無縁に生きてきました&日付変更線を通過したことがありません。ゆるーく見てやってください。再び、飛行機で遠出できる日が早く戻ってきますように。
葬グレは出来上がっていますが、年齢制限は入りません。
公式の「仔豚ちゃん」、My設定の「仔犬ちゃん」呼びを生かして、「この仔」と表記しています。




見渡す限り、大海原しか見えない。人間とは、なんて小さな生き物だろう……

ヴィクトルは、長い空路を移動中だった。
隣、と言ってもビジネスクラスの広い座席で通路を挟んでもいるので、密着するには程遠いシートに座っているのは、少し前に師弟関係になった勇利。彼の地元で寝食を共にしながら、二人してグランプリシリーズの準備に余念のない毎日だ。
勇利がかつて留学していたアメリカから誘いを受けたのは偶然だった。リンクで開催されるちょっとした催しへの形式的な招待だったから、断っても良かったのだが。
シーズン開始まではまだ少しあるし、いつもとは違う氷上で気分を一新するのも効果的だと思うよ。俺、勇利と一緒に旅行したいなー♪
という言葉たくみな説得に、勇利は「わかった、行く」と応じたのだ。ともすれば緊張したり固まったりしがちなこの弟子をリラックスさせてやりたい。エロスをテーマとした演技をいっそう深めるきっかけを掴ませてやりたい。ヴィクトルには、そんな魂胆があった。内緒だが。
「ねー勇利、太平洋って、どこまで太平洋なの?」
「そりゃあ、アメリカ大陸に着くまでだよ」
退屈の虫を騒がせるヴィクトルに、いつも通りの、しょっぱい対応が返ってくる。
長い脚を投げ出してくつろぐには、フットレストが足りない。できればファーストクラスに乗りたかったのだが、勇利が承知しなかった。
僕、エコノミーしか乗ったことないんだよ、そもそも直行便を使うだけでも、『平凡なスケーターごときが何様のつもりだよ』って言われかねないよ、二倍の時間をかけて乗継便を選ぶのが庶民の常識なんだよ。
とのことで、間を取ってビジネスクラスにしたのだ。繁忙期ではないので空席が多いのはありがたい。それにしても。
「いつまで経っても海の上を飛んでるんだもん。つまんないよー。あと何時間かかるの?」
子どものようにぐずりだすリビング・レジェンドの手元を見るともなく見ると。
「あー、ヴィクトル時計まだ合わせてなかったの? だから、わかんなくなるんだよ」
長時間フライトする際は、搭乗と同時に腕時計を到着地の時間に合わせるものなのだが。
「TOKYOとHASETSUの時差だってあるだろ? ちゃんと調べてなかったから、何回も針をイジるより一度ですませようと思って」
「ないよ。日本は単一時間。全国どこでも同じなの」
「Really?! 知らなかったよ」 
ヴィクトルの祖国ロシアの広大すぎる国土には、国内でも最大10時間の時差があるのだ。
「……そっか。これもある種の時差ボケって言うのかなぁ」
それでなくても、欧米人にとって大平洋は未知の大海原だ。「恐ロシア」において最悪の事態とはシベリアの氷原に置き去りにされることだが、海上に置き換えると、大ダコが襲ってきたり、謎の三角地帯で異次元に飛ばされたりすることになる。海は、生命とイマジネーションの根源だ。それはともかく。
持ち前の旺盛すぎる好奇心で日本のアレにもコレにも興味を示し、順応しまくっているヴィクトルではあるが、ここは日本人のオモテナシ精神を発揮して配慮してあげ、いや、させていただくべきだ――――勇利は心の中で決意した。
勇利は、出発地と到着地の時差、移動の所要時間、忘れちゃいけない日付変更線をざっと説明する。
「これだけ把握しとけばいいんだよ」
偉そうに知ったかぶりをしないように、極力クールに伝えている間、ヴィクトルはうなずきながら熱心に聞いて、そして。
「勇利、説明うまいね」
「あ、どうも……」
神がこの世の粋を集めて造形したもうた美貌でハート形に口を開けて笑うアザトい可愛らしさは、いまだ見慣れなくてドキッとする。
「僕はアメリカにいたことがあるから、太平洋を横断するのに慣れてるだけだよ」
それに、こうした些細なことでも、ヴィクトルはきちんと勇利を立ててくれる人なのだ。
「着いたら案内するよ。ヴィクトルよりは、街のことに詳しいと思うよ。おいしいコーヒーショップとかスナック菓子が豊富なスーパーとか……」
いけない。つい食い意地が表に出てしまった。
「あー、あの、歴史博物館やプラネタリウムも有名らしくって……僕はスケートばっかりで行かずじまいだったんだけど……」
「ふふ。コーチとしては、勇利が気に入ってた物とか場所とかを知っておきたいね。案内たのむよ」
「はいっ」
やっぱりカッコいいな。それに、笑顔が可愛い。姿かたちだけじゃなくて、人柄までステキな人だ。
何年もあこがれて来た人のプライベートな一面をかみしめていると。


「ハァアイ☆ 
ご無沙汰DEATH!」
「「ひゃあっ!!」」
壁際の薄闇の中から、突如として人間の形が現れ出て来た。透き通って曇りのない声が、隅の陰影をかきはらうかのように何の前触れもなく二人の耳に飛び込んでくる。
「きみは、いつかの……」
長い赤毛をたなびかせるその存在に、ヴィクトルが応じる。
「深紅の死神、グレル・サトクリフDEATH☆ こんにちは、いえ、こんばんは……どっち?」
あ、この人も時差ボケしてる……いや、今それは問題じゃない。怖がるところなのか? 物理攻撃が来るのか? それとも精神攻撃か? とりあえず、勇利は半歩下がって様子をうかがう。
「まぁ、どっちでもイイわネ。色男さん、相変わらずイカしてるわぁんッ」
「………………レディ、また会えるなんて、思いがけない運命だね」
ヴィクトルに見とれるのは全人類にしかるべき普遍的な反応だから、良かった、ちゃんとした人だ、と勇利は少しホッとする。だが、ヴィクトルが歯切れ悪く対応しているのは珍しいことだ。それでも、その「レディ」はお構いなしに謳いあげるかのようにキィキィわめきたてる。
「服の上からでもわかる、鍛え抜いたアスリートの筋肉ネっ! 上半身より下半身の方が発達してるのは、職業病みたいなもの? たぎるワぁん! 足相撲したい縦四方固めしたいぃんッ!」
その「レディ」は、いかにもニワカ仕込みの知ったかぶりワードを並べ立てるので、勇利のオタク気質を逆なでする。ハートが飛び交うみたいな語尾上げイントネーションも、ちょっと疲れる。極めつけに。
「えーっ! アナタ現役選手じゃなかったの?!」
「ああ、今はコーチ業一本だよ」
「自らは表舞台に立たないで、若い坊やに手取り足取りかしずいて、その肉体を磨き上げる眉目秀麗なコーチ……」
何かブツブツ言っている。ここではない別のところへ意識が飛んでいってしまっているようだ。目の色も、すっかり変わっている。アスリートって強いらしいわよネ? 実際どうなの? などと聞こえた気がしたが、何のことかわからないから、ツッコむのはよそう。
「それはさておき、前に会った時より楽しそうに見えるわネ。満たされてるとでも言うか」
「そうだね。大きく変わった環境を毎日楽しんでるよ、今のところは」
日本に来てからのヴィクトルって、まさにそんな感じだな、と勇利は納得した。
「あの……この人、人相見的な人ですか? バラエティ番組の企画でリビング・レジェンドにアポなし取材するために飛行中の機内に突撃してきた、とか?」
こちらに敵意がないことを示すべく話しかけてみる。が、ロングフライト仕様の服装(つまり、楽さだけを追求した部屋着に近いもの)にもっさりヘア&メガネ姿の勇利に対して、グレルの興味は傾かない。
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