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□貴女に出逢えた奇跡に
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誕生日に何の意味があるのか、正直俺には分からなかった。
知り合いやファンからいつもより多くのプレゼント貰える日。
せいぜいその程度の認識。
寧ろ嫌いでさえあった。

だってそうだろう?
家に帰ったところで在るのはプレゼント、ケーキはおろか灯りさえ付いていない真っ暗ないつも通りの風景。
有り得ないと分かっている筈なのに心の何処かで無意識にあの人が帰ってくるのを期待して。
そして当たり前に小さな希望はあっさりと打ち砕かれる。
そんな期待をしていた自分を自覚する瞬間が何よりも嫌で仕方なかった。
自分の存在意義なんて、どこにも無いんだと。
否応なしに再認識させられる。

それが俺の生まれた日。


高校生になれば子供じみた期待なんか一切しなくなった。
仲間が出来てバンドも徐々に軌道に乗りはじめ、前ほど誕生日を嫌いだとは思わなくなった。
……やっぱり好きだとも思えなかったけれど。


そして高3の春、先生と出逢った。
それから色々なことがあった。たくさん傷付けて、きっとたくさん泣かせた。
それでも先生は俺のことを見放さず、最後には俺の手を取って笑ってくれた。
そうして二人の時間を、二人で少しずつ積み重ねて。


俺の誕生日がやってくる。



俺の部屋で一番小さい市販のホールケーキを二人で囲む。
それにロウソクを指しながら悠里は少々不満顔だ。
ちなみに何故不満顔なのかというと、一週間前からケーキを作る気満々だった悠里に忙しいのに手間を掛けさせるのは悪い、ホールは二人じゃ食べきれない等々の説得を重ねまくり、一週間かけてケーキ作りを断念させたから。
……悠里には悪いが愛があろうと無理なものは無理なのだ。



「もう、遠慮なんてしなくて良かったのに……」

「いや!!本当に気持ちだけで嬉しい!!……それに」

「それに?」

「誕生日祝いなんて本当はいらないんだ。悠里がいつもみたいに傍に居てくれるなら、それだけでいい」

「瞬君……」



紛れもない本当の気持ち。
別にケーキもプレゼントもいらない。
ただこの日に他の誰でもない、悠里に傍に居てほしかった。
それだけで俺が生まれてきた意味は十分だと思うから。



「…っ駄目!私がちゃんと瞬君の誕生日をしたいの」



そう言って悠里は何故か少し泣きそうな顔をしてロウソクに火をつけた。
同時に部屋の電気を落とすと、オレンジ色の炎だけがぼうっと浮かび上がる。
悠里はスウッと息を吸い、手拍子と一緒に歌い始めた。



「ハッピバースディ、トゥーユー」



………何だか変な感じだ。
高校の頃も誕生日には一応B6やバンド仲間に祝ってもらい、ケーキも食べた。
だけどこんな風に祝われたのは初めてかもしれない。
こんな、一般家庭から見たら当たり前のような光景は。



「ハッピバースディ、トゥーユー」



炎が揺らめく。
手持ちぶさたに俺はそれをただぼうっと見つめる。



「ハッピバースディ、ディア瞬君」



……さっきから胸がやけにむず痒いのはきっと、俺より何でか悠里が幸せそうに見えるから。
きっとそれだけだ。



「ハッピバースディ、トゥーユー…おめでとう瞬君!」



フーッとロウソクを一気に吹き消すと悠里が一際大きく手を鳴らし、もう一度おめでとう、と笑う。
妙に気恥ずかしいのを誤魔化すように俺もありがとう、と笑った。

悲しくもないのに胸が締め付けられて苦しい。
じわじわと胸に広がるこの暖かい感情を、どう表したらいいのか分からない。
………こんな気持ちになった誕生日は生まれて初めてだった。



「これ、誕生日プレゼント!」



部屋の明かりを付けた後、そう言って差し出された綺麗にラッピングされた少し大きめの包み。
いつものくせで慎重に包装紙を開いていると、背後からふわりと抱きしめられた。
柔らかくて優しい温もりと、彼女のシャンプーの香りが身体中を満たす。
自然と緩んだ口元を認識しつつ包みから手を放し、前に回された悠里の手に両手を重ねる。



「どうした悠里?珍しいな」

「うん、……えっとね。瞬君に今日どうしても言いたいことがあって」

「何だ?」



普段照れ屋な悠里からの抱擁。
これが誕生日だからだとするなら案外この日も悪くないな。
なんて単純に気分を良くさせていると、後ろで悠里が微かに深呼吸するのを感じた。



「瞬君、誕生日おめでとう」

「……ああ、ありがとう」

「それから、」



「生まれてきてくれて、ありがとう」




一瞬、時間が止まったように感じた。
ゆっくりと悠里が口を開く。



「瞬君がね、今までどういう気持ちで誕生日を過ごしてきたかなんて、私には想像でしか分からない。


でも私はね、瞬君に出会えて嬉しい。瞬君がこの世に生まれてきてくれたこの日を、すごく大切な日だと思ってる。


だから…ちょっとずつでいいの。ちょっとずつでいいから、瞬君もこの日を好きになってほしい。


瞬君の誕生日を喜ぶ人は、私だけじゃなくて他にもいっぱい居るんだよって知ってほしいの。


だからね…瞬、君。生まれてきてくれて、本当に、ありがとう……」



その声はいつ頃か震えだし、最後には涙声に変わっていて。
身体ごと振り向くとやっぱり悠里は泣いていた。
だけどその涙が驚くほど綺麗でつい見入っていると、悠里は涙の止まらないまま笑って俺の頬に手を伸ばした。



「もう貴方は一人じゃないわ。………だから」



もう、一人で泣かなくていいの



そっと指で拭われた雫を見て、ようやく俺は泣いていたことに気付いた。



ああ、俺は。

本当は寂しかったのか。



心では子供のころの“俺”がずっと泣いていたのに、それに気付かないふりをして。
いつしか本当に忘れてしまった。
馬鹿だな。でもそんなことだけでしか自分を守れなかった。
どうして貴女はいつも俺の心を見透かしてしまうのだろう。
今の今まで、自分自身でさえも気付けなかったのに。


ケーキやプレゼントなんかいらない、…………だから。
誕生日にずっと傍に居てくれる存在が欲しかった。
手に入らないと、無い物ねだりだと分かっていても。

それでも。


――――だけど今は。
この腕の中に、悠里が居る。
世界中の誰よりも大切で愛しい人が。



もう俺は、一人じゃない。



「………悠里」

「…なぁに?」




「―――ありがとう」




伝えたいことは沢山あるのに、こんな言葉にしか託せないのがもどかしい。
だけど彼女は一言、うん、と嬉しそうに呟いて俺の背中に回した手に力を込めた。
何か言う代わりに俺も悠里をきつく抱きしめる。
頬を伝う涙が、ポタリと床に落ちた。



この世に生を受けたこの日を。
何より悠里に出逢えた奇跡を。



俺は初めて心から感謝した。






end.
Happy Birthday For Shun!
 

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