vitamin-log

□CALL!
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イライラする。


理由?
考えなくたって分かる。


もうニ週間も悠里に会っていないからだ。



デスクに置かれた書類を黙々と処理して行く。
期限は明日まで。
一度手を止めてしまえば多分、間に合わなくなるのが分かっているから。
だから頭を空っぽにして目の前の仕事のみに集中する。
…いや、集中しようと努める。


会いたい、
声が聞きたい、
触れたい、

……抱きしめたい。


気を抜けばおそらく一気に頭を占拠するだろう感情。
だけど今はダメだ。
もう自分はワガママばかりを通せる子供ではない。
与えられた仕事には責任を持たなくてはいけない。
それにきっと、今投げ出して電話をすれり会いに行ったりすれば悠里に怒られる。



『もう!無理はしてほしくないけど仕事をほったらかしにするのはダメよ』



少し眉をつり上げて、両手を腰に当てて。
だけどそれでも多分、嬉しそうに俺を迎えてくれる。
そして自分のせいで仕事を放り出させてしまったと陰でこっそり落ち込むのだ。
だから俺は今こなすべき仕事を全て片付けて、それから会いに行く。
あいつに自分のせいで、なんて思わせないために。


なんて格好つけたところで本心は会いたくて、声が聞きたくてたまらないわけで。
どんなに自分に言い聞かせたって苛立ちは募るのだ。
それでも手は動かし続ける。
一分一秒でも早く、悠里に会うために。


手元の書類を約4分の3まで減らしたとき、音もなく永田が現れた。
特に驚くこともなく、振り向かないまま仕事を続ける。



「どうした、永田」

「お仕事中申し訳御座いません。先程悠里様からお電話がありまして」

「What!?」



ずっと頭のあちこちで渦巻いていた名前。
思わず振り向くと永田がいつも通りの顔で立っていた。
一瞬何故永田に、と思ったが仕事前に携帯を永田に預けていたことを思い出した。
持っていると、つい気になって集中出来なくなるから。



「僭越ながら私が代わりに出させていただきましたが…」

「そんなことはどうでもいい!悠里は、何て?」

「お仕事の邪魔してごめんなさい、とすぐ切られてしまいましたが…少し声に元気がないご様子でした」

「………そうか」



普段悠里は俺の仕事中、滅多に電話を掛けてこない。
それは俺の邪魔をしないようにと気を使ってくれるから。

そんな悠里が掛けてきてくれた電話。
悠里も俺と同じように思ってくれてたのだろうか?
会えない時間を“寂しい”と思ってくれていたのだろうか。


今更ながら携帯を永田に預けたことが悔やまれる。
こんなことなら集中出来なかろうが何だろうが手元に置いておくんだった。



「翼様」

「……何だ」

「悠里様には折り返し電話をすると伝えております」

「そうか……え?」



折り返し?


言葉の意味を理解する前にポンと携帯を手渡される。



「今日の仕事は此処までで宜しいかと存じます」

「し、しかし…」

「残りは明日に回しても十分です。それに苛々したままでは効率も悪いかと」

「………」

「どうぞ、掛け直して差し上げて下さい」

「……永田」

「はい」

「悪いな」

「いいえ」



秘書の勤めですから、と小さく笑うと永田は軽く頭を下げ、その場から消えた。
すぐに携帯を開き、発信者の履歴を見る。

一番上に、『悠里』の名前。
それだけで頬は緩む。
しばらくそれを眺め、ゆっくりとリダイアルを押した。

数秒のコールのあと。
聞きたくて仕方なかった愛しい声が、耳に優しく流れこんだ。




「Hellow、My sweet honey」






end.
 

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